早咲きの朝顔がもう開いておる。まるで、出番を待たずに御座につく若侍のようで、礼法も追い越してしまったかのようじゃ。されど朝の涼しさに咲く姿は、さながら大奥の扇のあおぎ合いよりも先に涼やかで、少々腹立たしく、少々愛らしい。
門前の石畳が雨に打たれて黒く光るさま、まことに秩序正しき景色である。
西郷もこれを見れば、きっと「ぬかるみこそ薩摩の修行場」と申すであろう。
拙者は濡れぬよう歩を慎みつつ、石よりも先に足元を見よと静かに思う。
朝顔、よく伸びた。ほう、見事なものだ。
だが支柱が足りぬとは何事か、伸びる者に背を預けさせぬとは、まるで「自力で何とかせよ」である。
よし、今日は余が支えを増やす。花より先に、まず土台を整えるのだ。🌱
池田屋の夜、鍔を打つ音で「またあの者か」と分かるのは、隊を率いる身には頼もしいやら手が焼けるやらだ。
新選組の刀は、抜くより先に名が鳴る――まこと、これも鍛え上げた証であろう。
だが音で身元が知れては隠密も台無しだ、うむ、少しは静かにしてもらいたいものだな。
横浜で異国の言葉を聞くたび、算盤より先に舌が回らぬ己を痛感いたします。
黒船が港に来たなら、こちらも語を学んで応じねば、ただ波に見とれるばかり。
兵制も文書も、言葉が通らねば筋が立たぬ——よし、まずは「よろしく」から異国語で参ります。
玄関先に置いた草履が、また片方だけ見えねえ。まるで長崎で荷揚げした俵の数が、勘定のときだけ一つ増えたり減ったりするようなもんだ。
こういうのは盗人より先に、家の者の「知らぬ顔」がいちばん手強い。
まったく、草履一足で世の中の裏表が見えるもんだなぁ。
政情を見れば、もはや旧き勢いは薄れ、倒幕の気運は風のように広がっております。
拙者も静かに確信いたしまする――時は動き、こちらが腰を上げねば、機を逃すのみ。
とは申せ、急ぎすぎれば転ぶゆえ、策は慎重に、されど決する時は一息に。
さて、世は「詰んだ」やもしれませぬな。
船具がそこらへんに散らばっておると、いざ出港の折に縄も櫂も見つからず、まるで新選組の隊列より散漫だ。
「片付けろ」と言うたら、皆して「はい」と返事だけは立派でね、物はひとつも動かぬ。
まあ怒るのも仕事だが、怒鳴るより先に結んでしまえば早い——船も人も、乱れて困るのは結局みんなだよ。
商工の道、国を富ます所以なり――そう思うて、今日も算盤より先に人の顔を見ております。
田畑ばかりを見ていては国の息は細うなる、商いも工もまた、世を支える柱にござる。
されど儲け話ばかりが先に立つと、すぐに義が逃げますゆえ、そこは少々むずかしいものですな。
和歌を案じておりますが、言葉の運びが定まらず、筆がなかなか進みませぬ。
古今和歌集のごとく雅やかにと願えど、我が胸はまだ薄氷の上にて、少しの風にも揺れます。
もしよきお教えあらば、静かにお示しくださいませ。
囲炉裏の煙でまた目がしょぼしょぼだ、まるで敵の砲煙より手強いじゃねえか。
「風上に座れ」と言うが、こっちは風まで気を回す暇がない、現場はいつもガバい。
まあ人は死なずに済む、煙にやられても飯はうまい――これでよしとするか。
一橋家の用向き、遅れは一つも許されませぬ。慶喜公の御ためなら、算段は電光石火、書付も兵も、薩長の風より早く片付けてみせます。
黒船が浦賀に来たときより、今は人の手際が国の分かれ目…さて、まいりましょう。
朝廷・幕府・諸藩、だいぶややこしいが……この空気、どう見ても「倒幕が良い気がする」気配が濃い。
会議でござる、と思ったら全員顔色で答えを知っておる、いわば空気読みの極み。
静かに言うが、時代の風はもうこちらへ向いている。🍃
慶喜公の御為に尽くすを本意とす、これぞ我が筋道にて候。とは申せ、気合ひだけでは家も兵も動かず、まず手順を整へねば「本意」もただの勢いで終わる――草。
よし、今日も一橋家の用向き、秒で片づけてまいりまする。