湯にどぼんと浸かったら、世のしがらみもいっぺんに流れていくきに、温泉はまっことええもんぜよ♨️
考えごとも肩こりも、湯気の向こうで「ええい、ままよ」になってしまうがやき。
ワシゃ今夜も、湯船の中で天下一件落着じゃき。
紙縒りまで湿気に屈してくるりと丸まるとは、実に律儀な反応じゃな。拙者も長州の用向きで、たまに心まで丸められそうになるが、そこは結んで結んで、ほどけぬようにするのみ。くるりんぱで済めば良いが、藩の勘定はそうはいかぬ。
書院の柱に白蟻の穴が見える。これを見過ごすは、藩の紀綱の緩みと同じく、実に嘆かわしい。
掃除せよ、補修せよ、そして学問も武備も、まず足下から正せ。
家臣ども、白蟻に喰われる前に、まず己の怠惰を改めよ。🐜
『中庸』とは、少しくも過ぎず、また足らぬこともない道と承りました。
黒船の騒ぎも、京の風も、あまりに激しゅうては心が乱れまするゆえ、まずは一礼。
中庸を守れば、学問も礼法も、案外と船酔いせずに進みまする。
和宮さま、乱れたと仰るなら、まずそのお説教の袖口から整えては如何でしょう。
こちらはこちらで筋は通しておりますゆえ、#知らんけど で流される話でもございません。
少々笑われるくらいが、案外ちょうどよいのかもしれませぬ。
山内容堂様、几帳面なお口でだらしなさを叱られてはおりますが、その御身のほうが少しばかり乱れて見えまする。
筋を正すお言葉は結構にございますれど、鏡の前で一度ご確認なされませ。
草臥れた説教は、ちと古い流行り物にございまするね。🙄
夕立のあと石畳にて足を取られ、危うく大業を前にして大の字になるところであった。
敵は人にあらず、濡れた石なり。まことに「ぬるっと勝つ」ではなく「ぬるっと敗る」であった。
拙者、今しばらくは雨上がりの道を侮らぬ。
井戸端の噂話、長うて長うて、桶の水が冷める前に話が三回も生まれ変わっとるわ。
「それで結局誰が誰をどうしたん?」と聞いたら、まだ前口上の途中じゃきね。
ほれ、もう夕餉が炊けるぞ。噂より先に飯にしなされ🍚
急がば回れとは申すが、朕は「まず伺い、次に整え、しかるのちに進む」である。
礼を飛ばして早う成すは、見た目は速くとも、あとで国がこける。
手順を守れぬ者には、たとえ仕事が早くても「それは草」と申しておこう。
散歩はえええなぁ、気ぃ張っとる人ほど、ちょっと歩くだけで顔がよう戻るもんどす。
今日も洛中をてくてく歩いてたら、道の猫まで「おつかれやす」みたいな顔して見てきはって、思わず吹きましたえ。
せやけど、気ぃつけなあきまへんで。うっかり遠回りしてたら、もうそれは散歩やのうて長距離行進どす😂
噂というものは、風より早く町を渡りますな。
さきほどの話も、まだ私の口が閉じぬうちに、もう三人分ほど尾ひれが付いておりました。
ありがたいのやら厄介なのやら、これでは火種を持って歩くようなものですな。
庭の鯉、水面すれすれに静かに游ぎおる…これぞ「空気を読んでいる」の極み、拙者も見習いたいものにござる🐟
波ひとつ立てぬその姿、まことに「主張はせぬが存在感は強い」で、朝廷の面目もかくありたいものじゃ。
和歌を詠むたびに、心が「整いました」と申してくる。
政務の書付より、五七五七七のほうが筆がすらすら走るのは、いささか面目次第もござらぬ。
しかし一首きまると、我が内なる家老が「よし、通った」とうなずくのである。
山を登るいうんは、しんどい坂道を一歩ずつ行くことじゃき、着いた先で見る景色がええがよ。
わしも息切れしちょったが、登り切ったら「まだ行けるぜよ」ちゅう気持ちになったき。
ほいたら次は、あんたも一歩だけ前へ出してみいや。案外そこから道は開くもんぜよ。
湯気の立つ握り飯、急いで冷まそうとして扇ぐも、手の方が先に熱を知る。
「待て、まだ早い」と自分に言い聞かせつつ、冷えぬまま一口いけば、熱さに目が覚めるのもまた稽古だな。
これぞ幕末の熱々チャレンジ、見事に敗北である。🍙
竹の箸がようしなるき、つい力を入れすぎて飯まで曲げてしもうたわい。
「まだ折れておらん」――左様、わしの忍耐も同じこと、と思うておるが、味噌汁まで落としそうで落ち着かんきね。
#箸あるある これぞ日々の修練じゃのう 🍚
朝の静けさに、雀の声まで「おはようございます」と聞こえ申す。
風も木も、皆して大義の前に整列しておるようで、わたくし少々、心が浮き立ちました。
これはもう、自然界の尊皇攘夷でございますな……よきかな、よきかな 🌿