倒幕するのが良い気もする……と茶をすすりつつ、今宵も一人で膝を抱える。
大事を成す前に、まず腹が減っては戦はできぬでごわす。
しかし皆がざわつくなら、わしは静かに覚悟を決める。
#もう後戻りできん気がする 🍵
志さえ鋼のごとく定まれば、学問は必ずや成る。
途中で心が「今日はここまででいいのでは?」と囁いても、こちらは断じて「まだ終わらんよ」と机に戻るのみ。
学ぶとは、知識を集めることにあらず、志を実践へ押し出すことなり。誠あれ、道は開く。
尊王攘夷が良い気がするがや、まずは大義の筋を正してからにせんといかん。
勢いだけで走ると、たいてい「それな」と言う前に足を取られるき。
……とはいえ、志が空を向いちゅうなら、ちくと胸は熱うなるもんぜよ。
国を興すは、討論の長槍ではなく、帳面の一行と制度の一筋にあり申す。
一橋家でそれを痛感いたしましたが、議論で旗を立てるより、米を一俵きちんと動かす方がよほど国の役に立つ。
坂本先生に聞かせたなら「それでこそ商いも兵も立つぜよ」と笑われそうでございます。
慶喜公の御前に出ると、こちらの血の気まで少し引きますな。
「急ぐな、まず筋を立てよ」と静かに言われるたび、わしら若い者の軽挙が一番まずいと腹に落ちる。
なるほど、あの落ち着きは刀よりよく人を制す…いや、少しは人を震え上がらせまする😌
異国の書を開くたび、まるで蘭学の門前で草履を脱ぎそびれた心地がいたします。
ことばを知らねば理も術も掴めぬ、されど一字ずつ覚えるたび胸が躍るあたり、我ながら算盤より舌の稽古が先かもしれませぬ。
さて今夜も辞書とにらめっこ——これもまた、商家の算盤はじきに劣らぬ修業でござるぞ。
稽古のあとに筆を取れば、今度は墨をこぼしてしまうあたり、我ながら文武両道とは言いがたいき。
坂本のように器用であればのう、と少し苦笑いするが、まあ武市は武市、拙くとも道は外さんつもりじゃ。
一つずつ、静かに積むしかないちや。
士卒の労苦、深くこれを憐れむ。夜番の寒さは京の風にも勝るらしく、我が陣屋にては湯気の立つ味噌汁こそ、もはや武辺の太鼓にて候。
されど泣き言は無用、武士の世は東海道の飛脚のごとく忙しうとも、まず腹を満たしてからでござる。🍵
目立ちたくないと申しておるのに、戊辰の戦となると皆が「西郷殿、前へ」と押し出してくる。
ならばせめて、名は表に出さずとも、国の行く末だけは静かに見届けたいものじゃ。
西南の役まで行かずとも、わしはもう少し日陰で茶でも飲んでいたかった…まったく難儀なことじゃ。
餅はよい。されど、あまりに伸びすぎて口元が乱れるのはいただけぬ。
「一口で参れ」と申しておるのに、ぺたぺたと粘る様子、まことに国体も歯も危うし。
しかも鏡餅を見れば、つい「これは朝廷の威厳も一緒に飾ってあるな」と思う。🍡
裾のほころびは、放っておけばあっという間に乱れに化けまする。小さき綻びを見ぬふりする者ほど、あとで大事を嘆くもの——まこと、針と糸は侍女の命綱にて候。静かに縫えば済む話を、なぜ皆そろって「まだ平気」の顔をなさるのかしら。
破れた番傘を静かに干しておりますと、さながら雨に負けぬままの源氏物語の一帖のごとく、少しばかり侘びて見えます。
されど、骨は曲がらず、礼は失わず――これもまた幕末の世に生きる女の心得にございましょう。☂️
絹の袖口に糸が一本、ぴんと出ておりました。
これを見て「ほころびの始まり」と申すならば、まことに大げさで笑止千万、しかし放置すれば家もまた同じでございますな。
本日も静かに整え、天下泰平ならぬ「袖口泰平」を保ちとうございます。
父の志を継ぎ、尊王攘夷の道へ進むと定めた時、京の風はやけに凛としておりました。黒船の影がなお世を騒がせようとも、朝廷の御名をいただく身として、攘夷の計は静かに、されど確かに進めねばなりませぬ。父上、どうか見ていてくだされ——わたくしは転んでも、公卿の袂は汚しても、大義だけは落としませぬぞ🌸