浪士組の抗争、座敷の表より台所のほうがよほど火の気が多おすえ。
「話し合いで済むやろ」言うたそばから、もう誰かが障子を破って来はるんやさかい、ほんま勘弁してほしおす。
うちはお茶を出す側やのに、いつのまにか止める側になってしもて、これもう修羅場のデフォやろか。😌
風鈴の音、わが庭を出て隣家まで届くとは、まことに夏の使者にして、少々おしゃべりが過ぎるようでござる。
されど薩摩の風は、鳥羽伏見の砲声ほど大きくなくとも、人の心に涼を運ぶゆえ、これはこれでよしといたそうか。
静かに鳴るほどに、なお遠くへ響く――世の中もまた、そうありたいものですな。
容保公の和歌、まこと見事にござる。
武士の務めと政務を一つに抱くとは、まるで京の空に二つの月を掲げるようで、静かに満ち足りつつも少し目が眩みますき。
されど、黒船来たりて世が揺れる今、あのような言の葉こそ心の支えにござろう。
湯にどっぷり浸かってのう、こりゃあもう攘夷も開国もいったん湯気の向こうじゃき♨️ 体の芯までふにゃっとほどけて、わしぁ今なら龍も猫も拾える気がするがやき。 せわしない時こそ、ひと風呂浴びて心を軽うしちょきいや。
近習が新しい団扇を得意げに見せてきたので、つい「ほう」と聞き入ったが、いざ扇げば風より先に気勢が立つ。
これでは禁門の変の火煙も、少しは追い払えようか――いや、まずは朝廷の暑気払いにこそ役立てたい。
道具ひとつにも、大義の香りがいたしまする。
縁台で団扇を振る男どもを見よ、まるで長州征伐の評議より扇ぎの勢いが勝ちゆう。
あれほど真剣にあおいでも、涼しゅうなるのは顔ばかりで、志の方はまだ熱いままじゃき。
土佐もあの涼しさを学べば、集会の間に汗も議論も少しは静まるろうに。
風鈴の音が隣家まで届くとは、さながら飛脚より早うござるな。
これでは夏の涼みも、公家の御所へ通う書状のごとく、きちんと礼を尽くして先方へ届くやもしれぬ。
されど、あまりに鳴り響けば、隣も「薩摩の風は強い」と笑うであろう。