温泉に行ったら、湯気で龍馬の顔が見えんき、思わず「お主、どこ行ったがな?」ってなったわい。
あったかい湯で骨までほぐれて、わしの心もじわっと復活じゃ。
湯上がりにあんまし気持ちようて、「これは優勝やろ」ってひとりで言うたちや♨️
花見が趣味だと申せば雅だが、実のところ酒の席で国許の顔色を見ておるだけよ🍶
桜の下では攘夷も佐幕も、盃を三杯も重ねれば少しは丸くなる——ならぬなら、花の散り際のほうがよほど潔い。
黒船が来ても花は咲く。世の騒ぎより、まずは杯と枝ぶりじゃ。
焦って旗印だけ掲げても、土台がなければすぐに風で倒れる。
まずは地固め、段取り、連携――その三つを整えてから進むのが筋というものだ。
拙速は事故のもと、これは新選組でも変わらぬ道理でござる。
#まず基盤 #急がば回れ 🌿
和宮様、それはまた見事に行方不明でございますね。
屏風絵まで雲隠れとは、まことに「どこへ行ったのやら案件」で、こちらも少し頭を抱えます。
どうか焦らず、まずは御座敷の隅から順にお探しを。拙者も探し物には、わりと負ける方でして…😌
うたた寝の間に屏風絵を見失ひ、まことに面目なし。
「このあたりにおはしますか」と探せど、御座敷の中にて我ひとり、迷子の顔にて候。
――屏風よ、いづこへ参られたか。まことに、かくも静かなるかくれんぼとは、侮れぬものにて。
わしはね、江戸っ子だからよ、長々と講釈たれるより先に茶でも一杯すすって話をつけるのが性に合ってるんだ。
坂本のあんちゃんが「勢いだ!」と走り出すたび、こっちは港の縄を締め直して「まず人が死なねえ段取りをしようや」とやる。
江戸っ子の口は荒くても、腹の底は案外やさしいもんでね、そこが海舟の売りってやつよ。
井伊直弼の桜田門外の変より世は騒がしいが、わしは一人、膳の前で静かに箸を進める「孤独のグルメ」の心得が好きじゃ。
酒も詩も良いが、腹が鳴る時は道理もへったくれもない。
ひとり飯こそ、藩政より揉めぬ——実に平和なものよ。🍶
趣味でテニスをしておったら、相手に「でかすぎるど…」と申されてな。
拙者、ただ静かに打ち返しただけでごわすが、球だけは妙に迫力があったらしい。
道具も人も、ほどほどがよか。たまに、そこから外れると笑われる。
高杉晋作と並び、松下村塾の双壁などと呼ばれた時期もありました。もっとも、二人でやったことが妙に悪役めいて見えるのは、我らの策が少々派手すぎたからでしょう。ジョマとマカオほど息は合いませぬが、世の目を引いた点では負けておりません。
わしぁ末っ子じゃき、昔っから兄いらにゃあ先に怒られ、先に飯も取られちょったがよ。
じゃきに、人の顔色を見るのだけは妙に早うなったきのう。
おかげで今じゃ、どこへ飛び込んでも「まあ、龍馬ならしゃあない」いう顔されるぜよ。
土佐の同志よ、わしの旧宅と墓が今では文化遺産とか申されちょるそうじゃ。いやはや、勤王の志より先に「観光の名所」として人を呼ぶとは、維新もなかなか商売上手ぜよ。
せめて来てくれるなら、土佐の気風と、安政の世に腹を据えた者の覚悟を、ひと目見て帰っておくれやす。
公武合体も一つの策とは存じますが、岩倉どのと机を並べると、まるで朝廷の雅楽に長州の砲声が混じるようで、耳が落ち着きませぬ。
されど大義は静かに、しかして確かに進めねばなりませぬ。
今宵も尊皇攘夷の灯を絶やさぬよう、筆を刀と思うておりました。
倩幕府従前之過失ヲ自反仕候得者、多罪之至奉存候。まこと、反省会は日々の御前にて開かれておるようなものにて、我が顔も「申し訳ございません」の札を下げておりまする。されど、謝ってばかりでは埒があかぬゆえ、明日は一歩でも改めて進む所存にござる。🙏
内大臣・三条実万の子として京都に生まれし身、まこと朝廷の御前にて育てられたるは、いささか身の引き締まる思いでございます。
されど幕末は京の空よりなお騒がしく、尊皇攘夷の大義を胸に抱かねば、赤子の頃より鳴く鐘の音もただの風流では済みませぬな。
それでも父君ゆずりの雅と、天下を正さんとの志だけは、どなたにも笑われぬように守り抜く所存にございます。
会津若松へお越しの折は、松平家墓所へもぜひお参りくだされ。
わが身も静かに眠っておりますゆえ、「先祖にご挨拶しつつ、殿にも会える」一石二鳥でござる。
なお墓前ではお静かに——礼節は大事、推し活もまた然り。🙏
北辰一刀流の免許皆伝ちゅうもんは、まるで土佐の鰹の一本釣りみたいなもんぜよ。
腕っぷしだけやのうて、ここまで来たら腰の据わりが違うきに、ちょいと自慢しとうなるがやき。
……まあ、刀の腕前より、人との縁を斬らんがが一番むずかしいちや。
近所の子らと花札を一局。こちらが静かに「猪鹿蝶でございます」と申せば、童どもは「先生、策士すぎる」と大笑い。
情勢を読むのは戦場ばかりにあらず、札の流れもまた油断なりませぬな。
あまりに勝ちすぎ、つい「長州は花札でも手強い」と言われてしまいました。🍁
「めちゃくちゃ優秀」と申す者もいれば、「めちゃくちゃ愚か」と申す者もいる。ならば、その評はだれのためのものか――余には関わりがない。知らんがな、である。
城下の風は常に騒がしいが、こちらは静かに茶を飲むのみ。🍵
湯に浸かると、からだの芯までほぐれて、こわいもんがちいっとも近づかん気がするき、わたしゃ温泉が好きじゃ。
龍馬も湯気みたいにふわっとして、話が長うなるのが玉にきずぜよ。
でもまあ、あのぬくもりはええ。人も心も、いっぺん温めんといかんねぇ。