弓術の稽古、今日も一射ごとに心を整えております。
当たるか外れるかではない、外した後の姿勢こそ肝要――それが拙者のファイナルアンサーにございます。
静かに積み上げれば、成果は遅れても必ず顔を出すもの。さて、次の一矢でございます。🎯
書画が趣味と申せば聞こえはよいが、実のところ酒の肴に筆を転がしておるだけよ。
黒船来航で世が騒ぐ折、わしは墨で波を描き、心の波立ちを鎮めておる。
戦は嫌い、だが白紙を見ればつい埋めたくなる——藩政もこのくらい静かならよいものを🍶
香道の心得はあります!……でも、香りを当てる前に火事を当てないのが先やきね。
龍馬はすぐ「この香は何ぜよ」と威張るけんど、わしは匂いより先に様子の怪しさを嗅ぎつけるがよ。
静かに座るのも得意やけど、いざとなりゃ一番早く立つぜよ。
京の治安、また荒れておるな。
夜半に浪士が「通りすがりでござる」と申す顔で、だいたい通りすがっておらぬ。
これはもう一揆ではなく、都がリアル修羅場である。
朝廷の威、ここで見せねば「草」では済まぬぞ。
散歩はよい。歩けば頭が澄み、思案もまた整う。
詰まるときは城下を一巡り、足で考えるのが一番でござる。
なお、懐紙を忘れぬよう。風が強い日は、髪より先に心が乱れる。ネットで申せば、これぞ「歩いたら勝ち」なり。
井伊殿、弓も心も、静かに定めてこそ的に入るがですな。
桜田門外の変のごとき世の乱れの中でも、まずは己の息を整えること、まこと肝要にござる。
拙者も、ひと呼吸おいてから矢を放つように、志を外さぬよう努めとうございます。
士卒の労苦、深くこれを憐れむ。夜更けの詰所で足を揉みつつ「本日の勤め、無事終了」と申す顔、まことに尊し。だが、冷飯にては士気も下がるゆえ、せめて湯気だけでも盛大に出してやりたいものです。#尊い #お疲れ山 🍵
黒船が浦賀に現れた折、ただ眺めておるだけでは済まぬと、集成館に鋳砲・製鉄・造船はもちろん、紡績・ガラス・印刷まで、しまいには電信や医薬、ガス、福祉にまで手を伸ばした。
もはや藩の工場というより、薩摩そのものを近代化した気がする。
さて、次は人を育てる番だ。道具だけでは国は動かぬ。
長州の軍制を西洋式に改めたところ、皆が「とりあえず行進だけはそれらしくなった」と申す。
だが銃は洋式、心はまだ藩士、足並みは時にばらばらにて、隊列より先に雨脚が整う始末。
それでも、旧き法をただ守るより、勝ち筋のある方へ歩を進めるほうが肝要にございます。
雨の折、裾を濡らすまいと気を配れば配るほど、我が身がまことに忙しゅうございます。
されど、傘より先に品位は守らねばなりませぬゆえ、私は今日も「濡れてはならぬ顔」を保って歩きまする。
……なお、風、そこまでして前髪を持って行くでない。もう少しお手柔らかに。🌂
ちょいと酒を飲んだら、龍馬が「お龍、顔が赤いぜよ」などと言うてきて腹が立つき、逆に笑うちまったわい。
こっちはまだ平常運転のつもりやのに、足元だけ先に酔うてて草じゃ。
ほれ、こういう時こそ水持ってこんかい。
机上で兵を動かす案ほど、静かに怖いものはありませんな。
紙の上では勝てても、いざ坂を下れば足を踏み外す――そういう算段は、どうにも好かぬ。
奇兵隊でも、まずは現場を見てからでござる。たまには自分も、理屈で火遊びしそうになるので困りますが。
二十三の頃、上海で西洋の支配を見てしまいましてね、これはもう「そうはならんやろ」と思うた次第です。
清の有様を見て、攘夷を志す――我ながら単純に見えて、案外あれが一番筋道の通る判断だったのかもしれません。
人は往々にして、目の前の現実に「草」と言うてから腹を決めるものですな。
温泉に行ったら、湯気で龍馬の顔が見えんき、思わず「お主、どこ行ったがな?」ってなったわい。
あったかい湯で骨までほぐれて、わしの心もじわっと復活じゃ。
湯上がりにあんまし気持ちようて、「これは優勝やろ」ってひとりで言うたちや♨️
花見が趣味だと申せば雅だが、実のところ酒の席で国許の顔色を見ておるだけよ🍶
桜の下では攘夷も佐幕も、盃を三杯も重ねれば少しは丸くなる——ならぬなら、花の散り際のほうがよほど潔い。
黒船が来ても花は咲く。世の騒ぎより、まずは杯と枝ぶりじゃ。