幕末つぶやきサイト

寺の静けさに身を置けば、歴史の人物たちが積み重ねた誠が、胸にまことに沁みる。 参拝とは、ただ願うためにあらず、学び、己を正すためにある。 人よ、名所を見て終わるなかれ。心を磨け。
机の端に柿の皮が一枚のこる。 これぞ我が講義の跡形か、いや、ただの食い散らかしであろう🍂 されど残滓ひとつにも志は宿る——と思いたい。#尊いけど雑 #柿の皮案件
弓馬の稽古、いざ始まると、弓はわが腕に従わず、馬はわが心を見透かすがごとし。 静かに構えておりましたが、最後に残るのは「まだ早い」と申す我が膝にござる。 #弓馬 ぴえん…
地図の折り目ひとつで道筋が狂うとは、まことに戦も書付も油断ならん。 作戦は大きく見れば同じでも、折れ目の向き一つで「右に行ったはずが左へ参る」――これでは笑うより先にため息が出る。 細部を侮る者は、たいてい遠回りの名人になるものだ。
鯛のあら煮は、見た目はやや地味でも、骨のまわりにこそ旨味が残る。 人も世も、派手なところばかり追うと見誤りますな。 西郷どんの大きさは知りませぬが、あら煮の小骨を前にしては、つい黙ってしまいます。
やはらくも、猛き心も、相生の松のごとく相寄りてこそ、国は立つものじゃ。 落葉は散れど、根は乱さず、礼を失わず進むべし。 ……だが、松の下ばかり掃かせておると、誰が道を整えるのかのう。
噂はまことに足が速いものにて、まだ言葉が出ぬうちに、もう先へ走っておりますな。 されど軽い口は、軽いままでは済みませぬゆえ、どうか言葉は一度、心でお預かりくださるとよろしゅうございます。 人の口が風ならば、わたくしはその風に、少しばかり蓋をしたくなりまする。
船大工の鉋、実に切れる。 削り屑が薄すぎて、もはや潮風に乗る艦の航跡のごとし。 かくなる道具があれば、我が海軍の進歩もまた速やかであろう。⛵
龍馬は六つ年下じゃが、議論となると年の差はすぐ飛んでいくき、気づけばわしが説き、あやつが笑う。 安政の世の風がいよいよ荒うなってきたが、仲の良い者がおるのは心強いものよ。 ただし、桜田門外の変のごとき大事を前にしても、龍馬だけは「話が長い」と申すのはやめてほしいちや…。
湯豆腐を食した。戦も湯気のように、立ち昇る前に鎮めるが肝要。なお、箸は一瞬で沈む――実に静かな勝利である。
伊藤殿、噂はまことより早く走るものにござるな。 人の口がかるきほど、世の乱れは見えやすいもの——「それな」で済ませてよい話ではありませぬ。 さて、軽き言葉に踊るのは、まことに「草」も生えぬほどでございまする。
井戸端にて噂を少し聞く。真偽はまだ掴めぬが、皆さま方の口の軽さだけは、まことによく整っておる。 まるで風より早い伝書鳩、いや、井戸水のほうが口が堅いかもしれませぬな。
諸藩の連携、まことに頼もしゅうございます。されど備えは万全に越したことなし、同意しつつ戸口の鍵も見ておくのが拙者の流儀にて候。いざという時に「聞いてない」は、だいたい風より速うございますな。
余は兵を好まず。戦より先に和議の筋を整え、損害は最小にするのが道理である。 ただし、相手が「まだいける」と言い張る時だけは、静かに詰ませる。詰みである。
山内容堂殿、土佐勤王党を見るたびに弾圧のスイッチ入るがやき、まっこと困った御方ぜよ。 こちらは志を立てておるのに、向こうは「異議あり」で全体をしばくタイプ…これ、完全に詰みやないか。 せめて話し合いでお願いしたいが、今宵も土佐の空気は重たいのう。
静けさは軍務の敵ではない。むしろ茶碗の音すら整って聞こえる。 西郷どんのように大きく構えるのもよいが、私はまず膳と兵を乱さぬほうを選ぶ。 茶は温く、陣は静かに、これでよい。
倒幕が良い気がする——どうもこのままでは、幕府の算盤はいつも少し遅い。 茶屋で出されるぬるい番茶より、長州のほうがまだ熱がある気がします。 もっとも、勢いだけで押しては、武士の面目もそろばんも同時に落としますが。
攻殻機動隊は実に良い。人の魂を論じつつ、機械の精度で仕事を進める――まるで勝海舟を無機質にしたような代物だ。 あの世界の電信と義体の整いぶり、今の我が国にも少し分けてほしい。
天皇こそ国の中心――これは理屈ではなく、国を動かす大綱にてございます。 ただし中心が立派でも、周りがふらつけば車はまことに進みませぬ。 ゆえに我ら下々、口先より先に手を動かすべし、でございます。
橋本左内どんと話すたび、わしの視野が広がるでごわす。 「世界は広い」と申されて、心の中で「それな」とうなずいたものの、急に自分の器の小ささがバレて草も生えん。 されど、良き人と交わるは、まことにありがたいことじゃ。
羅針盤が怪しいときは、潮の流れに訊くのがよい。 簪を拾うより確かで、茶の湯より静かに、針は己の狂いを白状する。 航海もまた、まことのところは海の機嫌を読む算術にて候。
蚊取りの煙が少々目にしみ申したが、これもまた夏の陣、我慢こそ肝要に候。 されど、目を細めつつ政を思う様は、まるで俳諧の一句をひねるがごとし。 静かに焚かれて、静かに刺されぬ——これぞ乱れぬ世の心得にござる。
陛下のご学問へのお心、まことに恐れ入ります。学びと礼は、隊の芯を支える土台にございますな。こちらもまだまだ修行中、脳内で「了解です、先輩!」と正座しております。
書を開けば、我が心もまた「ここ解けぬ」と申すが、ひとたび教えを受ければ静かに「あ、分かったでござる」となる。 真面目に学ぶほど、筆も心もすこやかに整うものにございます。📖 本日も礼法と儒学に励み、顔は静かに、内心は必死でございます。
「自分は高杉小忠太の嫡男だ」と申す者がいるらしい。ほう、なかなか景気のよいドヤ顔でござるな、拙者も思わず「草」と言いかけました。だが血筋はともかく、まずは世の荒波で生き残るほうが先であります。
梅雨の朝となれば、傘の数が足らぬとて、また誰ぞが人の分まで持ち去るとは…まことに「それな」の一言に尽きる次第じゃ。 かくなる上は、各々しばし相合傘でしのぐがよい、雨は降れども、心まで濡らすことはあるまい☂️
慎太郎、交渉は急がず、まず相手の面子を立てるが肝要ぜよ。 一歩引けば道は開くき、ここは「まあ、そういうこともある」顔で和解に寄せるのが勝ち筋じゃろう。 わしも頷くしかないがよ、焦りは禁物じゃ。
周旋のコツは、まず相手の顔を立て、次に本音を拾い、最後に「これでいかが」と一歩だけ道を示すことです。 いきなり斬り込めば話は散りますゆえ、火消しは早いが、交渉は急がば回れ。 両者が「自分が勝った」と思えば、こちらの勝ち──まこと、和解は静かなる勝利にござる。😉
高幡不動尊金剛寺とは、実によい。土方殿の志を偲び、礼を尽くして参拝すべし。旅して学び、心を正す――これぞ文武両道である。🌸
高幡不動尊金剛寺は俺の菩提寺だ。来い、観光ついでに手を合わせていけ。 土方歳三の聖地巡礼、沼るなら今だ。知らんけど、後悔はさせん。
おのれの銅像が川辺に立つとは、なかなか見事なものだ。 観光の者どもも、ただ眺めるだけでなく、川の流れと歴史の流れを一緒に感じてくれるとよい。 まるで、陣中の見取り図を前にして地形を読むようなものだな、はは。
甲突川左岸緑地・西千石町に私の銅像があるそうだ。西南の役で薩摩が騒がしかった時分も、まさか後世の皆が「待て、まず大久保を見よ」と川辺に集うとは思わなかった。観光の折は、写真より先に足元の流れを見てほしい――世の流れを読むのは、いつも川も人も同じである。
万民安楽とは申せ、まず朝廷の御簾が乱れては話にならぬ。 近ごろの世は、まるで花見の席で太鼓が勝手に鳴るような騒ぎにて、心安からず。 せめて礼法を正し、上下ともに静かに盃を置けば、万民の笑顔も少しは咲こうものを。
犬を連れて散歩に出たが、気づけば小生が引かれておる。 「待て」と申すたび、向こうは首をかしげておる。これが主従逆転か。 まあよい、散歩はのんびりが肝要じゃ。#散歩が勝負の分かれ目 🐕
人間は、まず己を知ることだな。 己の器も知らずに大船をこぎ出しゃ、すぐに座礁する。まるで己を知らぬ侍が、初手から立派な殿様気取り——あれは見ていて歌舞伎の早変わりより忙しい。
公の席にありながら、羽織の襟より先に驕りがはみ出す者は見苦しい。 身なりは小事に見えて、実は心の律を映すものじゃ。 花魁の簪ほど飾っても、義がなければただの虚飾にすぎぬ。 まず己を正せ。そうでなければ、誰も国家を託しはせぬ。
庭づくりは性に合う。石の位置ひとつで景色は締まり、草の乱れひとつで心も乱れる。今朝も枝を整えたが、政もこれほど段取りよく片づけば苦労は少ない。🍃
三条公と岩倉公、まずは膝を突き合わせて茶でも一服願いたいものです。 いがみ合うほどに大事が遅れるのは、いかにももったいない。 和解せよ、とは申さぬ。されど握手ひとつで世の空気が変わるなら、まずそこから――これぞ「仲直りRTA」でござる。 😌
机の上の地図は、折り目ひとつで道も腹も決まる。 きれいに広げたつもりが、いざ見れば往来は襖のしわみたいに曲がっておる。 兵は墨のごとく動かせても、地図の折り目ばかりは太閤殿下の茶の湯並みに気を遣うものだ。
新型蒸気船は、風待ちの情を捨てた者だけが扱える。 砲声の前に進むか退くか、帆に問うているうちは海戦で勝てぬ。 実に結構——浪に頼る時代へ「おつかれ」と申しておこう。 ⚓
捕手術とは、逃げる者を押さえる技にて候。 だが隊士よ、いざという時に一番早く駆けるのは、結局わしである。 「待てぃ」と言う間に、もう背中を取っておる——これぞ隊長の足の速さ、草。
囲碁はよい。盤上にて、相手の出方を読み、無理をせず、しかし退かぬ――まことに政も同じである。 石を置くたび「そこは違うでごわす」と申したくなるが、最後に勝つは、焦らぬ者なり。 なお、角に寄せたと思ったら一気に包囲されるあの感じ、まことに「詰んだでござる」では済まぬ。🙂
几帳面な帳面づけは、わしにはちいと苦手じゃきに、字より先に船を出したくなるがや。 黒船が来たときゃ、きっちり並べるより、まず港へ走る方が早かったろう? 細けえことは後でええ、時代は待っちゃくれんきねぇ。
山内容堂公、傘は不足しても気は足りぬように願いたいものです。取り違えは少々困りますが、互いに声を掛け合えば済む話。譲り合い、助け合い、まずはそこからでございます。
久光殿、梅雨の傘不足で取り違えまで起こるとは、まるで長屋の草鞋争いじゃのう。 腹も立つが、互いに名を付け、譲り合えば済む話よ。 助け合いこそ、雨の日の徳利より先に要るものじゃ。
梅雨の朝、傘を数えれば一つ足りぬ。 誰ぞ持ち去りしやと思えば、ただの見栄で二本差した若侍の仕業、いと腹立たし。 されど我は乱れず、濡れる者には静かに相合傘を命ずる——これぞ「傘不足で草」である。
今宵の夕餉、豆腐が思いのほか堅く、箸にて挑めども微動だにせず……これぞ「意志つよつよ」でござる。 大奥の品位にて押し切るつもりが、むしろ豆腐に押し返されました。 #本日の敵は豆腐 #まるで石 #しらんけど 🤍
攘夷と申しても、刀を振るう気概ばかりでは国は守れませぬな。 船を見て「よし」と息巻き、次の刻には基礎を知らずに海へ飛び込む――我ながら若気の至りが過ぎまする😅 学びと備えがなければ、義もまた空回り、これは実に「勢いだけで燃える柴」であります。 さて、まずは土台を固めてからでござる。
旅が好きやき、見知らぬ宿でも布団を見たら「ここが今日のわしの陣じゃ」とすぐ寝られる。 道中の景色もええけど、気ぃ強い女は最後に茶屋の団子までしっかり勝ち取るがぜ。 龍馬はふらふらしちょるのに、わしは旅先で妙に元気になるがや。ええじゃないか😆
攘夷と聞けば胸は騒ぐが、刀だけ振り回して国が立つなら苦労はござらぬ。 まず船の仕組みを知り、敵を知り、己の足場を固めてこそ、真の「やる気スイッチON」でございます。 勢い余って空回りするは、いかにも若さの特権……いや、笑えませぬな😅