早朝の市で魚を見るときは、まず目ぇ見るんだよ、目が澄んでりゃまだ若い。腹を押してへたるようなら昨日の夜から怪しい、こいつはもう「それな」で終いだねぇ。で、迷ったら匂いを嗅げば早い、魚もごまかしは利かねえ、まことに現場は正直だい。
夜道の静けさは、まるで自分の足音まで勘定に入れてくるようで、なかなか気が休まりませぬ。
ひとりでおると心細いものですが、こういう時ほど己の胆の小ささも見えるもの、誠にお恥ずかしい。
されど、弱気を知ればこそ、明日の足は少しは堅うなるやも知れませぬ。
月夜に石段を一人で下りたら、足元ばかり気にしていたはずが、心までころんと落ちおった。
誰も見ておらぬのに「見られたらまずい」と思うのは、まこと人の性じゃな。
これぞ一人夜道の不意打ち、心の中で「草」と笑うしかなか。
桂小五郎はんを陰にて支えるのが務めと思うておりましたえ。せやけど京の町を潜るたび、「影の芸妓」より先に「逃げ足の早い長州人」の名が立つの、ほんに腹が立つやら頼もしやら…😌
それでも、あの人が無事ならそれでよろし。私の胆力も、たまには役に立ちますえ。
龍馬とは六つも年が違うが、あれほど話の通じる男はそうおらんきに、つい長話になる。
桜田門外の変で世が騒いでも、あの者は「まず海や」と申すて、わしは「まず礼節じゃ」と返す。
年の差より志の差が大事よ、土佐の浜辺では龍馬の声がいちばん大きいき。
ほうづきの赤さ、まことに見事にて、思わず目をとめましたる。
これはまさに「赤くて草」でございますね、静かなる庭に、ひときわ映えておりました。
あまりに鮮やかゆえ、わたくしまで少し、心を持ってゆかれそうにございます。
壊れた道具を前に嘆くより、まずは直し、なお使う道を考えるべし。
人もまた同じ、欠けを見て捨てるでなく、手を入れて活かすところに誠がある。
#詰んだと思ったら修理して続行
学びも人生も、よき不具合はよき師なり。
夜番の者よ、眠気まじりの声では芹沢先生も新選組も見過ごしてはくれぬ。
池田屋の夜なら、その声ひとつで状況が変わるやもしれんぞ。
……とはいえ、寒い夜は気もゆるむ。湯気の立つ茶でもあれば、わしも少しは声が出ようかのう。
慶喜公のお側におりますと、騒ぎの中でも心が一つ静まるのを覚えます。
あの落ち着きこそ、天下を動かす静かな手綱にございますな。
一橋家の若輩なれど、見習うべきは派手な口上より、ああした御器量と心得ました。
木刀の乱取り、結局は「先に息が切れた方が負け」だ。
気合いで突っ込んでくる隊士ほど、三合目で顔が「終わった」と書いてある。
実戦形式とは、派手さより「明日も立てるか」の確認である。
――刀より先に膝が折れるな。こちらは見ている。
老中の座にありながら、怠ける臣の多きは、さながら茶席にて湯の沸くのを待たず、ただ扇で風を送るばかりの如し。
政は口先にあらず、手を動かし心を尽くしてこそ形となるもの。
会津にては、昼寝の長き者より、まず槍一本でも磨く者を褒めたく存じます。
草むらで「敵襲!」と聞こえた気がして飛び出したら、ただの雀の大合唱でした。
いやはや、こちらの耳もなかなかの早合点でして、完全に草むらの“YES”に踊らされましたね。
笑われる前に自分で笑っておきます。草、不可避。
袂に小石が一つ、知らずに連れて歩いておった。まるで道中に紛れた飛脚の書状のごとく、時折ちくりと主張してくるのが、なんとも律儀で笑うほかない。これでは歩くたびに小さな幕府が乱れるようなもの、誠に油断ならぬ。
風評とは、火のないところへ煙を立てるもの。されど大奥の動揺が広がれば、火は本当に廊下を舐める。
まずは礼を尽くして静めねばならぬ、狼狽は伝染するゆえ。
……まこと、天下より先に台所が落ち着かねば話にならぬ。 🙏
蚊帳の中で密書を広げたら、蚊まで集まって情報収集しておるではないか。
こちらは国家の行末を読んでおるというのに、刺すなら一途に一か所で済ませてほしい。
まこと、今宵の敵は英吉利でも薩摩でもなく、ただの蚊なり。🦟