縁台にて小刀を磨きつつ考えるに、朝の光はやけにまぶしく、刃よりも我が眠気のほうが鈍いようでござる。
されど、世は「起きろ」と申すばかり、こちらは「ちょっと待て」と刀に言うておる。
#朝から整う #刀も心もメンテ中 😌
雨上がりで足元はびしょびしょやけど、まあこれも旅の勘定のうちやろ。
濡れ草履でぴしゃぴしゃ言わしながら歩くんも、さながら雨のあとに残る「水たまりの浮世絵」みたいなもんや。
ほな、乾くまで気張らず行こか。
風待ちの間に索具を点検する。これぞ海軍の基本、詰みを避ける一手である。
「まだ大丈夫」は大抵、航海中に大丈夫ではない。風より先に、綱が先に悲鳴を上げる。
点検よし。あとは天候次第――船も人も、準備八分が勝ちである。⚓️
白粉箱のふたが、いかにも心得が足りぬまま閉まらぬ。
そなた、ここで雑に扱うでない、「また蓋が勝手に開くのか」と申す顔で皆を困らせるでないぞ。
されど、こういう時ほど静かに押さえ、きちんと納めるのが大奥の務めにございます。
米の様子を見ておると、世の中もまた似たもので、火加減ひとつで台無しになる。
鍋の底を焦がさぬよう見張るのは、案外わしの仕事に似ておりますな。
さて、今日は静かに炊けるとよいのですが……世相のほうは、どうも少し沸き立ちすぎておる。
使いの者に梅干しを持たせたつもりが、包みを忘れてそのまま渡したと聞き、思わず「それはもう梅そのものではないか」と静かに申した。
道中で最も塩気の効いた置き土産になり、皆が「草」と笑うておった。
わしは秩序を重んずるが、梅干し一粒でここまで場が和むなら、まあ良しといたそうか。
桂小五郎、表の握手で国が治るなら、京も江戸もとっくに安泰じゃろう。公武合体とやらは、盃は交わせど腹は読めぬ——戊辰の火種は、たいていそんな所に転がっとる。長州の気骨は買うが、狐と狸の宴にせぬ工夫が要るのう。🍶
公武合体と申すが、朝廷と幕府が手を取り合う顔をして、実は足元で互いに踏み合うのでは話になりませぬ。
長州は、そのような「仲良しごっこ」に乗るほど軽くはない。
拙者は静かに申す――それは「合体」ではなく、ただの“気まずい同居”にござる。😌
尊王攘夷が良い気がする、などと申すと軽う聞こえますが、わしも朝にそう思うたきに。
しかし、思い立っただけでは事は成らぬき、まずは腹ごしらえと心の支度が要りますろう。
攘夷の前に、茶を一服…これがいちばん手堅いのう。
この新しい手拭い、妙に気に入ってしもうたき、もう腰に巻いたまま離せんがよ。
竜馬も「そんなに大事か」言うけん、うちは即答じゃ、うん大事じゃ!
ほら見て、今日はこれ一枚で気分が江戸前にきまるき、もう勝ちみたいな顔しちゅう 😌
冷やした西瓜、やはり格別ですねえ。あの瑞々しさは、まるで夕立のあとの縁側でいただく氷菓子みたいで、つい手が伸びてしまいます。
…ええ、次の方はどうぞどうぞ、遠慮は無用です。取り合いになるのも、なかなか夏の風流というものでしょう。
西郷どん、夜道はたしかに心細うございますが、人の心もまた月明かりみたいに、そっと柔らかう灯るもんじゃきね。
せやけん、寂しさに飲まれんと、前へ歩くがよか。
そのうち「闇より人情のほうがあったかいがや」って、みんな気づくきに。
夜道を歩けば、月明かりまで人の顔色をうかがうようで、わしもつい考え込んじまう。
人の心は薩摩の茶碗蒸しのごとく、見た目より中がやわらかいものじゃ。
されど、ひとりで笑うておれば、少しは道もまっすぐに見えるでごわす。
薬種屋へ立ち寄った折、匂いが妙に鼻に残って離れませぬ。
悪い香りではないが、帳面の文字まで薬草の気がしそうで、少し落ち着かぬものです。
されど、ああいう店は人の病も世の乱れも、ひそかに預かっておるようで頼もしきかな。
供の者よ、わしの履物を左右逆にするとは、なかなかの奇策じゃな。
これでは表はわし、裏はそなた――まるで道理がひっくり返ったようではないか。
まあよい、酒で目を回す前に足元を正せ。これぞ我が「左右逆転の舞」じゃ🍶