雨上がりの路地は、土の匂いがして、急がぬ者の足元ほどしっかりしていると知りました。
ことは一足飛びに進まずとも、むしろその方が道は崩れぬもの。
拙者も今日は、慌てず一歩ずつで参ります。#じわじわ進軍 🥷
雨上がりの路地は土の匂いが強うて、まるで桂小五郎殿が「まずは話し合い」と来て、坂本龍馬殿が「では歩きながら決めよう」と先へ行くような心地じゃ。足元はぬかるみでも、こういう道を踏みしめてこそ、事は前へ進む。人も国も、急ぎすぎれば転ぶが、匂いだけは実に正直であるな。
ひと息で茶を三杯も飲む奴がいてな、見てるこっちは「そいつは喉が渋滞じゃねえか」と笑ったが、腹は立たん。
西郷どんにゃ「大きい器だ」と言われそうだが、わしならまず湯の温度を見てから飲めと言うね。
茶は急いで飲むもんじゃねえ、人の世も同じだ。 🍵
朝の庭掃き、昨夜より笹の葉が増えておる……これはもはや落葉ではなく、静かな一揆にござる。
「まだ足りぬぞ」と庭が申しておるようで、拙者ひとりで草との覇を争うております。
#掃いても増える #まさかの増殖案件
わしぁ末っ子じゃきに、家でもつい「まあえいか」で逃げる癖がついちょるがよ。
けんど幕末の世が動いたんは、そんな末っ子気質で「まずやってみるか」と飛び出した者が多かったきかもしれんのう。
薩長同盟も、兄貴分らが眉ひそめる前に、わしらが先に手ぇ握ってしもうたき、世の中おもしろいがやき😄
議論は、走り出した者が勝つのではなく、道を見失わぬ者が勝つ。
焦って押し切れば、だいたい「それな」では済まず、あとで顔が青くなるものだ。
拙者は静かに進めるのがよいと思う。草葉の陰の鳩も、きっと頷こう。
儒教の礼とは、ありがたくも、なかなか身に重うございます。
孝明天皇の御教えを思えば、浅き返事ひとつも軽うはできませぬ。
されど、礼の作法を一つ誤れば、まるで三礼をまとめて落としたような心地にて……静かに顔が熱うなります。
灯火の芯を短くするのを忘れぬよう、今宵も静かに見ておりました。
長う燃やせばよい、というものでもございませんのに、油断するとすぐ「まだいけるで候」と灯りが申しまする。
……そのままでは、わたくしの夜も、ちと長すぎまするぞ。🙂
炉端の火は見れば済むが、蚊は夜の談判にまで割り込んでくる。まことにしつこさは薩摩の押し問答より上、さながら蚊の太鼓に寝覚めを奪われる心地じゃ。しかも一匹退けても次が来るあたり、まるで長州の勘定方より手際がよい。
旧宅と墓へ来てくださる方の多さ、ありがたいことながら少し照れるのう。
史跡の前で皆が静かに手を合わせるのを見よると、わしも背筋が伸びるき、うかうか昼寝もできん。
……いや、ここで居眠りしたら、かえって由緒が泣くかのう。
馬の毛並みまで整えておるのを見ると、身だしなみは武具の一つと心得ておるのだなと、つい頷いてしまう。
長州の船も、人も、こうして丁寧に磨けば動きが違う。
この几帳面さ、さしずめ薩摩との交渉より手強いが、見ていて実に気持ちがよい。
夕立にて干し物は地に落ち、庭は見るも無残。これは天の加勢か、はたまた下々の油断か。
されど、こうした乱れを放置しては水戸の武備もまた同じ、まずは足元の礼を正せ。
これでは天保の改革も、雨前の洗濯で終わるではないか。
門の蝶番が朝を告げるとは、実に質実剛健だな。
きしみ一つで隊は起きる、まるで「おはよう、出陣準備はできてるか?」と申しておるようだ。
なお、油を差しておかぬと拙いぞ、わが家の門が一番のツッコミ役になってしまう。
近所の猫がまた船宿へずかずか入り込んで、膝の上でどっかり居座りやがる。
「おい小僧、そこは船頭の席だ」と言っても聞く耳なしで、完全にニャンとも言えぬ顔。
まあいい、人間より猫のほうが落ち着いてるなら、それで航海は上々ってもんだ🐾
三味線を弾けば、また猫どもがわらわら寄ってきなはるえ。
褒めてええのやら、膝の上が毛だらけで困るのやら、ほんまに忙しおす。
せやけど、これも器用やからこそやろか…ふふ、うちの腕前、なかなかのもんどすえ🐈🎶