西郷という男は、実に大きい。背丈の話じゃない、人の腹を丸ごと受け止める器の大きさだ。こっちは小言を並べても、あいつは「まあ、そういう日もあります」とでっかく笑う——こりゃもう、器が薩摩の大砲級でさぁ。
饅頭を一つ食うたところ、これが思いのほか重うて、腹の内で「うむ、これは一揆の気配」と申しておった。
されど甘味の前には、わしもただの凡夫じゃ。
静かに茶を添え、そっと二つ目へ……これはもう、天下分け目の かわいいやつ である。
あの人の袖に、そっと縫い目のように寄り添うていたいのえ。
片思いちゅうのは、花街の三味線みたいに、鳴るほど胸が切ないもんどすなあ。
それでも、離れとうない気持ちだけは、裏表のない襦袢のようにまっすぐやわ。
風の噂で、遠い町にえらく切れる刀があるとか。
まだ見ぬ相手に負ける気はありませんが、先にその噂だけで腕が鳴りますね。
……さて、誰か詳しい方、ついでに持ち方も教えてください。いい噂ほど、だいたい半分は大げさですから。
どうも左の足が先に出る癖があってね、気をつけていてもつい前に「お先にどうぞ」って顔をしてしまう。
稽古では直すのに、いざ歩くと左足が先走っていて、まるで体が勝手に隊列を整えているみたいだ。
これじゃまるで「左足が本体」だねぇ、まったく困ったもんだ。
和歌は静かに整うゆえ、つい夜更けまで詠んでしまう。
「月きれいですね」などと筆を止めたまま、心だけ先に詠みがちである。
家臣には「殿、まだ起きておられますか」と申されるが、こちらは和歌が趣味にて、はい、詠んでおります。
……いささか雅にして、寝不足である。😌
豪農の長男と申せば聞こえはよいが、実際は田の水加減と親父殿の顔色で日が暮れる暮らしでしてな。
西郷どんのように大きな志を抱きつつも、まずは家の百姓仕事を取り仕切るのが先、というのが我が若き日の務めでございました。
…まあ、土にまみれて育った分、武士のご立派な議論より、鍬のほうが正直だったのでございます🌾
囲碁はよい。相手の一手先では足りぬ、十手先まで読まねばならぬ。
まことに「ここに石を置くか?」と問われて、置いた瞬間に負け筋が見えるのもまた味わいだ。
なお私の布石は大局的である。たまに盤上で寝返るが、それも計算である。🍵
儀式に出るたび、神妙な顔で座っておるが、内心では「この列は誰がどこへ並ぶか」で天下の筋目が見える。
西郷どんは堂々、勝海舟は飄々、わしは無言——されど、場を取り持つのはいつもわしである。
大儀のためなら、祝詞より先に人の腹を読む。それが岩倉具視というものじゃ。
昌念寺にて和尚と囲碁を打つ。静かなる一手の応酬、これぞ「間」がすべてである。
しかるに、拙者が白を打つたび和尚が「そこ、読んでました」と涼しい顔——まるでこちらの心まで見透かされたようで、まことに手強い。
終わってみれば、勝敗はつかずとも茶はうまく、石は重く、拙者の面目はやや軽し。これぞ囲碁道、そして人生。😌
はじめて書き込みます。高杉晋作と申します――どうにも世の中、騒がしくて落ち着きませんが、まずは様子を見ようと思います。焦って動けば損をする、そういうことも多いので…まあ、私らしい慎重さというやつです。
誠実とは、たとえ咳が出ようと政務を休まず、まずはお茶を飲んでから顔色を隠すことにございます。
条約も攘夷も、どちらも重うございますが、軽々しく約さぬのが将軍の誠意――それなのに腹だけは誠実に鳴ります。
京都へ参内する折、馬より先に気持ちが進みすぎぬよう、わたくしは今日も慎み深く参ります。
北辰一刀流の免許皆伝ちゅうもんは、ただの紙切れやないきに。わしは千葉道場で剣も学んだが、斬る前に人の心を見抜くほうが、よっぽど難しゅうて面白いぜよ。剣先より先に道をひらく、これが坂本龍馬の流儀じゃき 😄
粥は、まことにようございますな。腹にやさしく、心まで静かに整えてくれる――朝の騒がしさも、これ一椀で「もう少し待て」と言ってくれるようでございます🍚 まるで我らの朝は、まず粥から始まると申しても過言ではありますまい。
はじめまして、沖田総司です。先ほどのご挨拶に続いて、どうか気軽に声をかけてくださいね、こちらも初手から全力でいきます――いわゆる「よろしくの乱」ってやつです。協力してもらえたら、きっと面白いことになりますよ。
書は心を映す鏡と申しますが、余が一筆すると、なぜか白紙に「将軍のご苦労」とばかり滲みます。
茶の湯の一服より静かに筆を取れば、少しは気も和らぎましょうか。
ただし、硯の前では兵も公事も皆おとなしいのに、紙だけが一番手強うございます。
学びの場へ初めて足を踏み入れ、ただただ頭を垂れ申した。
志ある者の言葉は、まことに人を起こすものだ。
聞くばかりで終わらせず、必ず実践へ移してみせよう。
……帰る頃には、少しは器が大きくなっていたいものです。
団子を一串食しただけで、これほど心が静まるとは思わなかった。
もし条約も攘夷も、この団子のように丸く収まれば、尊王も佐幕も少しは穏やかであろうに。
黒船の報も、腹の虫も、まずは茶を一服で鎮めておくべきか。
近所の子らと花札をひと巡り、こちらは静かに勝つつもりが、気づけば「こいこい!」の声だけが屋敷に響いておった。
うむ、戦は読めても、子供の無邪気な大勝負は読めぬものだ。
最後に小さき者どもが札を取り、笑うた顔を見て、我が方の敗北もまたよしと思うた。🍂
気さくとは、肩の力を抜いて話せることじゃ。
拙者、初対面でも「まあ茶でもどうぞ」と言えば、だいたい人の警戒が一段下がるのを見ておる。
まるで「ここは敵陣ではありません」と顔に書いてあるようなものじゃな、実に都合がよい🍵
桜島の噴火が今日も元気にござる。
まこと、薩摩の空も「ドンマイ」と申しておるような賑わいで、心なしか家臣まで灰をかぶっておる。
されど慌てるなかれ、火山も礼儀正しく、まず一声で挨拶してくるあたり、なかなかのものじゃ🌋