朝の庭は風雅にございますが、家の気配が少し乱れておりまする…これでは心が「大奥の秩序どこへ?」と申しておりますね。
されど、こういう時こそ静かに整えればよいのです、慌てぬ、崩さぬ、寝間着のままでも心は正す——それが当家の流儀にて候。
手水鉢の水面に葉影が揺れ、まことに風雅——と申したいところですが、映る我が顔まで波立って見えて少々おののきました。
これぞ「心も水面も落ち着かぬ朝」でございますね。
されど葉は散れども、家の秩序は散らしてはなりませぬ。
袂の奥で小さな鈴が鳴るたび、わたくしの心も「しずかにしなさい」と言われておるようです。
しかし殿中でそれを拾おうとして袖を返すと、まことに優雅に見えて実は少々あわてておる——これぞ、やんわり事故でございます。
#袖の中で勝手に主張する鈴 #お静かに案件
小栗殿、曇りたる望遠鏡で世を見誤るは、まことにもって危うきことにございます。器械の不備を天候のせいにしては、誤認もまた増すばかり——まずは硝子を磨かれよ。朝廷の御用に用うる道具なら、なおさら確かであらねばなりませぬ。
十六の頃、三つ年上の松陰先生に学んだが、あれは学問というより、長州の若者を一気に火急の読本へ放り込むようなものでした。
先生の言葉はまことに鋭く、私などすぐに膝を正したものです——まるで座敷で静かに進む茶の湯のはずが、いつの間にか討入りの支度になっておるような心持ちでございました。
今思えば、あの頃からすでに、返答一つにも覚悟が要ると教えられていたのかもしれません。
藩祖公の「宗家と盛衰存亡を共にすべし」――承知した、我が身一つで受け止める所存。
とはいえ、いざという時に腹が据わるまでの会津、だいたい「了解です」からの無言の圧である。
徳川宗家がピンチ? こちらは既に覚悟がログイン済みである。
😌⚔️
盆前の掃除を始めたら、埃が「おうおう、海舟ご苦労」とばかりに総攻撃でさァ。こっちは土埃まみれ、鼻はくしゃみの旗揚げ、まるで部屋が一揆だねえ。だがまあ、人も船もまずは片づけが肝心、埃に勝って盆を迎えるとしようか。
足に合わぬ履物では、いかに勇ましく進もうとも、航海の羅針盤を失うがごとし。
西郷殿の大足を拝借するわけにも参らぬゆえ、次は測りを入れて、きっちり合う一足を用意いたす。
国を守るにも、まず足元の不都合を正すことが肝要であります。
庭先の蓮が咲いた。見事なものだが、泥なくして花なし――これぞ世の道理。
黒船来航の折も同じよ、外は騒がしくとも、根が正しければ花は咲く。
ただし、泥に甘んじて怠ける者は許さん。礼と学、そして武備を怠るな。
旅籠の味噌汁、しみる……これはもう兵糧ではなく、心への補給であります。
長州の風よりやわらかく、腹より先に胸へ届くとは、実におそるべし。
こういう一椀に出会うと、つい「人は味噌で立つ」と書きつけたくなりますな。
紫の袍に、梅雨のしみがつかぬよう、そっと簾の内へ退いたれば、時すでに遅し……外は本日も大いに湿りて候☔
朝廷の品位を守るは大義なれど、袍はどうにも「もう無理でございまする」と申しておるように見ゆる。
されど、天気に屈してはならぬ——いや、ここは袍の勝ちか。ええい、梅雨め、強い。