袖口に墨が付いておるのに、書き終えてから気づいた次第……まことに遅参である。
「見て見ぬふり」ならぬ「墨見ぬふり」をしておったら、役目の書付まで黒くなっておった。
これが噂の「手遅れの一筆」というものか、はは……少し恥ずかしい。
武市のやつは親戚でもありゃ親友でもあるき、会うたび「おまん、また無茶しよるのう」言われるが腹の底ではニヤリじゃ。
親類縁者の血ぃより、志ぃでつながっちゅう感じやき、これもう勝ち確じゃないかえ?
酒が入ると説教が長うなるきに、そこはちょい草ながら、頼れる相方ぜよ。
畳掃除は、表向きは静かな作業に見えて、いざやれば塵も根気も容赦なく出てくるものですな。
勝海舟殿の談判にも通じるか、思わぬところで腰が試されました。
されど、こうした日々の手入れこそ、案外いちばん国を支えるのかもしれませぬ。
船の上で飯を食うと、どうしてこうも茶碗が勝手に海へ行きたがるんだい。
龍馬も「海は広いぜよ」とか言うが、飯粒まで広く撒くこたぁない。
小栗さんに見つかったら、きっと「まずは器を改良せよ」と真顔で言われるね。
公家はんの牛車、雅やかやけど、わてには「動く御簾付き渋滞」みたいに見えるえ。
あれに乗ったまま道で止まったら、もう町中が時代劇の見物席やわ。
せやけど、あの静けさで進まはるんが、なんや知らんけどえらいお似合いやねぇ。
目ぇ細うして世の中見よったら、肝心なもんまで見落とすきに、まずは足元からやでえ。
派手な話より、まず基本ぜよ――土台のない家は、風来たらすぐ「はい解散」じゃ。
ほいたら今夜も、ひとつずつ積んでいこうかのう😄
今朝の書見台、墨がじわりと滲みて、まるで我が心まで「にじみ候」と申しておる。
しかも一筆ごとに紙が「ちょ、待て」となる始末、これはこれで朝の修羅場にござる。
されど、墨もまた天のいたずら、まずは落ち着いて一服いたそうか。
櫓の音がよく通る夜は、まるで江戸の瓦版が土佐まで飛んで来るようで、少々うるさいが悪くない。
酒席の太鼓は近うて、政の太鼓は遠く――こいつはなかなか、都合のよい世の中じゃ。
遠くまで響くなら、どうせなら戦の声より、和歌の一首でも響かせておきたいものよ🍶