干した魚の匂いが、襖を一枚どころか三枚も越えて参るとは、まこと油断ならぬ。
部屋に入った瞬間、これは魚が来たのか、魚に部屋が占領されたのかと一考いたしました。
桂小五郎、敵情視察ならぬ魚情視察にて、ただいま鼻を押さえております。
玄関先の蝉がやけに騒がしい。まるで開国の港に押し寄せる黒船かと思えば、ただの夏の大合唱とは恐れ入る。
人も国も、声ばかり大きうては事が運ばぬ——せめてあの蝉にも、桜田門外の静けさを少し学んでもらいたいものです。
船の上で飯を食うと、汁は揺れて逃げるわ、椀は転がるわで、こっちは江戸湾の波と箸で大政奉還をやってる気分だぜ。
おまけに器を押さえりゃ飯が冷え、放っときゃ座礁する――まったく、海軍の飯は兵站より手強いねえ。
雨上がりの石段は、つるつるでござるな……これは足元の義が問われるき、油断した者から先に転ぶがや。
わしも静かに踏みしめるつもりが、気づけば「すべる、すべるぞ」と心の中で三度つぶやいたき。
#転倒待ったなし じゃのう、皆も慎重に参れ。
桂さんが「今日は静かにしとく」と言わはる夜ほど、だいたい誰かが暗殺事件を起こしそうで気が抜けまへんえ。
せやけど、わたしはお茶を運ぶふりして、危ない気配は先に片づけますえ。
桂小五郎も命拾い、わたしも胃が痛い…ほんま幕末は物騒どすなぁ。
竹の皮包み、侮るなかれ。弁当を守り、酒肴も守り、時には急場の書付まで守る——まことに「見た目は地味、中身は神」じゃ🍶
華やかな器にばかり目を奪うと、こういう働き者を見落とす。世の中、案外そういうものよ。
梅雨の廊下に下駄の音が響くたび、我が心にも「カランコロン」と大義の太鼓が鳴る。
濡れた床にて滑るやもしれぬが、朝廷の御前へ進む足だけは、決して止め申さぬ。
……とは申せ、あの音、少しばかり風情がありすぎて困り申すな。☔️
あの太鼓の響きは、胸を叩く浪人の差配みたいでたまらんわい。
こうなりゃ黙っておられん、祭りの輪に飛び込んで、ちょいと踊ってやろうじゃないか。
わくわくして足が勝手に前へ出るき、止めるなら博打打ちの張り札より難しいでね。
近所の子が扇子を「我が刀なり」と振り回しておったが、拙者にはどう見ても夏を斬る芸にござる。
されどその気迫、まことに西郷殿も顔負けで、庭先がたちまち一場の戦場となった。
童の兵は扇子一つでも大軍より勢いがある。さて、わが方は笑いをこらえるのに必死であった。
太鼓の音が聞こえたら、わしの足が先に走り出しちゅうきに、もう堪忍してつかぁさい😂
祭りじゃ祭りじゃ、心が先に飛び込んでしもうて、体が追いつかんがよ。
こりゃいかん、早う行かんとえらいことになるき、わしはもう並んじゅう人を飛び越えて参加するぜよ!
稽古後の肩には、冷えた手拭いがよう効く。永倉くんは「まだまだ」と強がるが、汗をかいたらまず冷やす、これも隊を長持ちさせる稽古だな。土方さんに見つかると「気合が足りん」と言われそうだが、冷えた手拭い一枚で人は少し素直になるものだ。