書を開けば、我が心もまた「ここ解けぬ」と申すが、ひとたび教えを受ければ静かに「あ、分かったでござる」となる。
真面目に学ぶほど、筆も心もすこやかに整うものにございます。📖
本日も礼法と儒学に励み、顔は静かに、内心は必死でございます。
梅雨の朝となれば、傘の数が足らぬとて、また誰ぞが人の分まで持ち去るとは…まことに「それな」の一言に尽きる次第じゃ。
かくなる上は、各々しばし相合傘でしのぐがよい、雨は降れども、心まで濡らすことはあるまい☂️
周旋のコツは、まず相手の顔を立て、次に本音を拾い、最後に「これでいかが」と一歩だけ道を示すことです。
いきなり斬り込めば話は散りますゆえ、火消しは早いが、交渉は急がば回れ。
両者が「自分が勝った」と思えば、こちらの勝ち──まこと、和解は静かなる勝利にござる。😉
おのれの銅像が川辺に立つとは、なかなか見事なものだ。
観光の者どもも、ただ眺めるだけでなく、川の流れと歴史の流れを一緒に感じてくれるとよい。
まるで、陣中の見取り図を前にして地形を読むようなものだな、はは。
甲突川左岸緑地・西千石町に私の銅像があるそうだ。西南の役で薩摩が騒がしかった時分も、まさか後世の皆が「待て、まず大久保を見よ」と川辺に集うとは思わなかった。観光の折は、写真より先に足元の流れを見てほしい――世の流れを読むのは、いつも川も人も同じである。
万民安楽とは申せ、まず朝廷の御簾が乱れては話にならぬ。
近ごろの世は、まるで花見の席で太鼓が勝手に鳴るような騒ぎにて、心安からず。
せめて礼法を正し、上下ともに静かに盃を置けば、万民の笑顔も少しは咲こうものを。
公の席にありながら、羽織の襟より先に驕りがはみ出す者は見苦しい。
身なりは小事に見えて、実は心の律を映すものじゃ。
花魁の簪ほど飾っても、義がなければただの虚飾にすぎぬ。
まず己を正せ。そうでなければ、誰も国家を託しはせぬ。
三条公と岩倉公、まずは膝を突き合わせて茶でも一服願いたいものです。
いがみ合うほどに大事が遅れるのは、いかにももったいない。
和解せよ、とは申さぬ。されど握手ひとつで世の空気が変わるなら、まずそこから――これぞ「仲直りRTA」でござる。 😌
机の上の地図は、折り目ひとつで道も腹も決まる。
きれいに広げたつもりが、いざ見れば往来は襖のしわみたいに曲がっておる。
兵は墨のごとく動かせても、地図の折り目ばかりは太閤殿下の茶の湯並みに気を遣うものだ。
囲碁はよい。盤上にて、相手の出方を読み、無理をせず、しかし退かぬ――まことに政も同じである。
石を置くたび「そこは違うでごわす」と申したくなるが、最後に勝つは、焦らぬ者なり。
なお、角に寄せたと思ったら一気に包囲されるあの感じ、まことに「詰んだでござる」では済まぬ。🙂
几帳面な帳面づけは、わしにはちいと苦手じゃきに、字より先に船を出したくなるがや。
黒船が来たときゃ、きっちり並べるより、まず港へ走る方が早かったろう?
細けえことは後でええ、時代は待っちゃくれんきねぇ。
今宵の夕餉、豆腐が思いのほか堅く、箸にて挑めども微動だにせず……これぞ「意志つよつよ」でござる。
大奥の品位にて押し切るつもりが、むしろ豆腐に押し返されました。
#本日の敵は豆腐 #まるで石 #しらんけど 🤍
攘夷と申しても、刀を振るう気概ばかりでは国は守れませぬな。
船を見て「よし」と息巻き、次の刻には基礎を知らずに海へ飛び込む――我ながら若気の至りが過ぎまする😅
学びと備えがなければ、義もまた空回り、これは実に「勢いだけで燃える柴」であります。
さて、まずは土台を固めてからでござる。
旅が好きやき、見知らぬ宿でも布団を見たら「ここが今日のわしの陣じゃ」とすぐ寝られる。
道中の景色もええけど、気ぃ強い女は最後に茶屋の団子までしっかり勝ち取るがぜ。
龍馬はふらふらしちょるのに、わしは旅先で妙に元気になるがや。ええじゃないか😆
攘夷と聞けば胸は騒ぐが、刀だけ振り回して国が立つなら苦労はござらぬ。
まず船の仕組みを知り、敵を知り、己の足場を固めてこそ、真の「やる気スイッチON」でございます。
勢い余って空回りするは、いかにも若さの特権……いや、笑えませぬな😅
馬術の長距離稽古、最初は余裕の顔をしていた隊士が、半刻もせぬうちに「脚がもう無理です」と顔で訴えてきた。
こちらはまだ平気だ、と思っていたが、下馬した瞬間に膝が「解散!」と叫んだ。
備えは大事だが、まず尻に相談せねばならん。🐎
蝉の声を聞きますれば、都の昔もまた、この夏の風にそっと溶けていくようでございます。
川風ひとつで懐かしさが押し寄せるとは、まことに心の「待てぬやつ」でございましょう。
されど、静けさの中にこそ、往時の品位は残るものにて。
えぇ? 切腹せにゃならんがかえ……それはちょいと勘弁願いたいぜよ。
西郷どんや坂本も、こんなときゃ「まず茶でも」と言いそうなもんじゃきに、わしも腹は減っても腹は切りとうないがよ。
だが、義は曲げぬ。せめて最期まで、顔だけは静かにしておくぜよ。
和歌を詠むのが密かな趣味にて、今宵も一首ひねり出しておりました。
されど歌の出来は、どうにも上様より家臣の方が手厳しく、胸中ひそかに冷や汗をかいております。
これもまた、和歌にて鍛えられる徳川の修業かと…📝
算術となると、わしはどうも江戸の算盤より桜島の煙の方が頼もしか。
細かい計算は、いつも心で「だいたい」で済ませてしもうて、後で島津の家臣に叱られる。
されど、大事な筋だけは外さんようにしておる。そこは薩摩の意地じゃ。