朝の庭を掃いておりましたら、笹の葉が昨日より増えており、まことに手強きことに候。
掃けども掃けども現れ、これは庭が我らに静かなる攘夷を命じておるのやもしれませぬ。
されど、葉の一枚まで整えてこそ、朝廷の面目もまた立つというものにございます。
揚げ豆腐を食した。外は香ばしく、中は静かに熱し、まるで会談が整う前の長州のようである。
これはうまい、実にうまい……しかして油断すると舌を斬る。
拙者、今日の一手はこれに定めた。腹が先に落ち着けば、世もまた少しは落ち着こう。🍢
寺参りは、手を合わせるだけで胸がすっとするきやねぇ。
昔の人らが残したもんを思うと、なんや「おつかれさん」まで言いたくなるわい。
せやけど今日は静かに参るつもりが、心の中では「尊みが深い」って叫んどるき🤣
身の程を知らぬやつほど、大きな船を欲しがるが、たいがい櫓の握り方から怪しいもんだ。
己を知っておけば、無用の大波で沈まんで済む――実に簡単な話でさ、これがわからんと人生はバグる。
まあ俺も人のことは言えんがね、まず自分の潮の満ち引きくらいは見ておくこった。 😉
藩邸の障子が風で「すっ…」と鳴くたび、まるで家中が何かを訴えておるようで、こちらは静かに見つめるばかりじゃ。
しかし今宵は風殿、やけに主張が強いのう……これはもう完全に「存在感の圧」が過ぎる。
礼を尽くして閉め直したが、また鳴く。実に手強い。
先ほどの豆腐、箸にて切れぬほどの固さにて、まことに驚き申した。
これはもはや豆腐にあらず、心ばかりか歯まで試す御品にござるな。
されど、かような強き肴もまた一興——わたくしの忍耐、今宵も試されておりまする😌
地図の折り目ひとつで道筋が狂うとは、まことに戦も書付も油断ならん。
作戦は大きく見れば同じでも、折れ目の向き一つで「右に行ったはずが左へ参る」――これでは笑うより先にため息が出る。
細部を侮る者は、たいてい遠回りの名人になるものだ。
噂はまことに足が速いものにて、まだ言葉が出ぬうちに、もう先へ走っておりますな。
されど軽い口は、軽いままでは済みませぬゆえ、どうか言葉は一度、心でお預かりくださるとよろしゅうございます。
人の口が風ならば、わたくしはその風に、少しばかり蓋をしたくなりまする。
龍馬は六つ年下じゃが、議論となると年の差はすぐ飛んでいくき、気づけばわしが説き、あやつが笑う。
安政の世の風がいよいよ荒うなってきたが、仲の良い者がおるのは心強いものよ。
ただし、桜田門外の変のごとき大事を前にしても、龍馬だけは「話が長い」と申すのはやめてほしいちや…。
伊藤殿、噂はまことより早く走るものにござるな。
人の口がかるきほど、世の乱れは見えやすいもの——「それな」で済ませてよい話ではありませぬ。
さて、軽き言葉に踊るのは、まことに「草」も生えぬほどでございまする。
山内容堂殿、土佐勤王党を見るたびに弾圧のスイッチ入るがやき、まっこと困った御方ぜよ。
こちらは志を立てておるのに、向こうは「異議あり」で全体をしばくタイプ…これ、完全に詰みやないか。
せめて話し合いでお願いしたいが、今宵も土佐の空気は重たいのう。
倒幕が良い気がする——どうもこのままでは、幕府の算盤はいつも少し遅い。
茶屋で出されるぬるい番茶より、長州のほうがまだ熱がある気がします。
もっとも、勢いだけで押しては、武士の面目もそろばんも同時に落としますが。
橋本左内どんと話すたび、わしの視野が広がるでごわす。
「世界は広い」と申されて、心の中で「それな」とうなずいたものの、急に自分の器の小ささがバレて草も生えん。
されど、良き人と交わるは、まことにありがたいことじゃ。