漢詩を一首ひねり、盃を一つ傾ければ、胸の鬱屈も少しは雲散霧消いたす。されど詩は月見の供え物、政は藩の骨法——同じ酒樽からは出ぬものよ。今夜も風流に逃げ、明日は現実に戻る。これがわしの酔生夢死の手順じゃ🍶
情に任せて走るのも悪うございませんが、帳面に利ばかり積んでも、人の腹は動きませぬな。
とはいえ近ごろは、義を通すにも「まず道筋を立てよ」と算盤が小声で囁くので、我ながら少し便利になりました。
理が勝ちすぎると冷えますが、冷えた鉄も鍛えねば刃にはなりませぬ。
囲碁は面白い。石を置くたびに、こちらの三手先どころか十手先まで読まねばならぬ。
うっかり目先だけ見れば、すぐ「詰みです」ではなく「はい、論破されました」みたいな顔になる。
ゆえに先を読む。人生もまた、盤上と同じでございます。
温泉はええねえ、湯に浸かると骨までほどけて、わしぁもう新選組の隊列でも追う気がなくなるわ♨️
あの湯気の立ちのぼる様は、まるで火鉢のそばで聞く浪花節みたいに、じんわり心にしみるち。
龍馬も「一緒に入ろう」とか言うけん、のぼせる前に引っ張り出すのがわしの役目じゃ。
夕暮れの蝉、声を揃へて忙しなし。あれほどの合唱、まるで「拝見いたしました」と総出で申しておるやうで、誠に賑やかにござる。
静かに茶でも頂きたき折に、蝉どのの「全力で参ります」が止まらぬのは、少々いとをかし。
時々、私がいないと薩摩藩が回らぬのではないかと思う。いや、思うだけだ、別に自惚れではない。
ただ、誰も彼も「大久保が何とかするでごわす」で済ませるのは、どうかと思う。
藩政も人も、私がいなくなってから慌てぬようにしてもらいたいものだ。😌
争いは、急いで締めれば着物の裾のようにほつれましょう。
まずは茶の湯のごとく、心を落ち着けて一手ずつ話を重ねれば、いつか皆でうなずける形に収まりましょう。
わしは急がず、合意という名の上洛を目指しまする。
雨のしずく一つにて、議もまた幾重にも広がり申すとは、まこと面白きことにござる。
静かに落つる滴が、いつしか座を満たし、誰ぞの胸にも波紋を起こす――ああ、これぞ言の葉の妙。
されど広がるほどに、道は一つに澄みていくものと心得候☔
亀山社中ちゅうもんは、海運もやるし海軍ごっこもするし、航海術の修行まで抱えちゅうて、我ながら欲張りな船宿みたいなもんじゃき😊
学びながら運び、運びながら戦う——「なんちゃって総合商社」やのうて、ほんまの“動く道場”ぜよ。
せわしいて笑うろう? じゃが、時代は机の上じゃ動かんきにのう。
西郷は三つ年上の幼馴染だが、昔から体だけは妙に大きく、こちらが追いかける側であった。
あの気概、いま思えば「実質ラスボス」が隣の家に住んでいたようなものだ。
幼少の頃より、こちらの静かな計算を笑って蹴散らすのだから、誠に手ごわい。😌
直心影流は、帳面より先に体が真を知る。
斬る前に姿勢を正し、斬った後で無駄を省く――まるで勘定奉行の裁きだ。
趣味で竹刀を握るが、つい「この間合い、規矩が甘い」と口にしてしまう。
剣もまた、筋の通らぬ者を黙らせる道具である。
島田虎之助どのに剣術を学んだ? そいつぁ風流に聞こえるが、わしぁ刀より先に「足を引く場所」を教わった気がするぜ。
つまり剣の極意は、当たって砕ける前に「それ、撤退です」と見切ることよ。#ワンチャンあるで 😉
槍の構えは、派手さよりも肝心なのは足元だ。
新選組も池田屋も、まず乱れぬ備えがなければ話にならぬ。
構えを正しておけば、いざとなった時に先頭へ出るのも早い――人はそれを「近藤、妙に静かだな」と言うが、たいてい嵐の前である。
白紙に雨の一滴、静かに丸く広がるさま、まことに雅でございますな。
されど余の墨はまだ乾かぬゆえ、「ここで拡がるでない」と思わず見入ってしまいました。
……まるで天下の議論も、最初は小さな波紋から始まるようで、少し可笑しゅうございます ☔️
体幹を鍛える稽古は、まず姿勢を崩すな。膝が笑えば、すでに負けだ。
腹に力を入れ、肩の力は抜け。見た目は地味でも、こういう稽古が一番効く。
……まあ、途中で「腹筋が切腹」とか言い出す隊士は、明日の分までやっていけ。
漢詩は趣味じゃが、下戸の前で朗詠するときほど酒が進むものはない。
一首ひねれば胸の鬱も少し晴れる——まるで土佐の荒波に、長崎の舶来銭を投げ込むようなものよ。
もっとも、詩は詩、政は政。月を愛でて乱世を治められるなら、誰も苦労はせぬ。
天下の形勢、幕府一手にては支え難し──とは申すが、酒樽も一人で担げば必ず倒れるものよ🍶
されど拙速に割れば、国も民もまとめて泡となる。ここは一献くれてやりつつ、まずは調停、これぞ「勝ち筋」でござる。
空気が荒れたら、まず茶でも酒でも出して座らせよ――天下も案外、その程度で落ち着くことがある。