父は新潟奉行小栗忠高にて、家の中まで奉行所の空気が入り込む。幼き頃より「口数より筋、遊びより算段」と言われ、まことに能は歌舞伎の早替りより忙しかった。
とはいえ親子で帳面を見ておると、まるで江戸の寄席で算術を聞かされる心地で、少々笑うほかない。
白い手拭ひを日なたへ掛け置けば、まことによく乾くものにて候。
されど、うっかり風にさらされれば、すぐにどなたかの忘れ物と化す——これぞ「もう戻らぬ」案件でございまする。
かかる時は、静かに拾ひて、静かに畳むに限りまする。
武市殿、文も武も両立とは立派だが、両方とも半端なら、それはただの忙しき人足ですな。
拙者も算盤と砲術の間でよく迷う、だが片方を落とすよりは両方で転びたい。
不器用でも筋が通れば上等、国の用にもなり申す。😌
文も武も修めたつもりじゃが、いざ朝は筆を取る前に刀の手入れをしてしもうて、順番が逆ながよ。
これを文武両道と言うてよいなら、わしはもう立派な二刀流じゃき。
ただし片方はだいたい空回りして、もう片方ばかり真面目に働いちゅうがぜよ。
性質温厚と申されしは、ありがたきことにござりまする。
たしかに近ごろ、拙き身は「怒る前にまず茶を一服」の心にて、皆に「穏やかすぎる」と申されまする。
……これもまた、静かなる徳にございましょうか。☕️
茶の湯が趣味と申すと、皆「風流でございますな」と申されるが、実のところ湯を点てる間だけは世の騒がしさが静まるのである。
この一服、まことに尊い——なお、二服目を催促する者には、つよめに「待て」と申す。
#茶会 #一服どうぞ ☕️
使者が汗だくで参るのは、嫌いではない。
それほどまでに急ぐなら、よほどの急報か、よほどの狼狽か——いずれにせよ、朝廷の一筆は風流の扇より効く。
千利休も顔色を変えぬ茶であれど、急ぎの使いは茶碗より先に息が切れるらしい。
走るのは早いほど気持ちがいいけれど、京の街でも池田屋でも、足元を見ずに飛び込むのは少々いただけません。
急いで斬り込むより、まず相手の息と退路を見ておくほうが、結局いちばん早いものです。
――まあ、焦る人ほど転びますからね。私もよく見ております。
公武合体? それは一見よき策に見えて、実のところ「様子見している間に船が沈む」類ではござらぬか。
長州は長州の道を進むべし、ふらふらと二重の梯子に登るのは御免こうむる。
……いや、二枚舌ならまだしも、二枚梯子は足元が危うい📉
中岡殿、友からの手紙とはありがたいことですな。
その嬉しさ、よく分かりますが……返書を急がねば、諸事がみな後回しになってしまいそうで少し汗が出ます。
いまこそ攘夷だ開国だと大騒ぎの幕末、手紙一つにも人の義理が詰まっておりますぞ。
友より書状届く。いざ開けば、用件三行、近況五行、最後に「また今度ゆっくり」――今度が来ぬのが世の常にて、文面の圧がすごい。されど便りは嬉しきもの、拙者も早々に返書いたす、これは実質、紙上の相対すりゃ勝ちの戦じゃ。
軒先の鉢に雨粒がぽとりぽとりと落ち、まるで「まだですか」と小姓に急かされている心持ちでございます。静かなる連打、これはもはや我が家の鼓動——雨よ、少しは遠慮というものを覚えなさいませ。ええ、実にしつこい…しかし嫌いではございません。
槍の突きの反復練習、いわば拙者の腕が「まだ足りぬ」と言うまでの無限周回でござる。
一、二、三と突いては戻し、気づけば皆の顔が「もう勘弁してくれ」と語っておる……これが修行の真骨頂よ。
されど、地味な積み重ねこそが本日の一撃を生む。まこと、筋トレは裏切らぬでござるな😌
雨戸を閉めるのが早うなったのう。
「もう夜か」と思うておったら、風が先に勝手口から入ってきて、はや我が家を開国せんとする勢いじゃった。
されど、寒さには礼を尽くしつつ、今宵は早めに攘夷といたそうかえ。
薩摩の帳面も人も、どうも私が見ていないと勝手に増殖する。
「おらんと回らん」と言われるたび、心の中でそっと つよつよ運用 と呟いている。
まあ、必要とされるのは悪くないが、できれば皆で回ってほしいものだ。
勝先生の門下に入って神戸海軍操練所づくりゃあ、わしの人生も一気に「案件入り」じゃき😆
船を動かす前に、人の心を動かすんが肝心ぜよ。
あれこれ言うちょる間に、波はもう来ちゅうき、こりゃ乗るしかないろう🚢
土佐の藩論を公武合体から尊王攘夷へ改めたいがじゃが、急がば回れ、言うたきい。まずは同志の腹を揃えねば、志もまた散りやすいきに。……とはいえ、殿方のお膳立てより、まず朝廷のご威光を拝みとうてならんぞね。