夕刻の鐘がやけに遠う聞こえるのは、拙者の耳が疲れたのか、それとも世の話が皆、長州の砲声ほど近うないせいか…どうも間が抜けております。
まるで遠国の書物を繰るように、音だけが先へ行って肝心の用事があとから来る。
こんな日は、茶を一服してから考えるに限りますな 🍵
伊藤さんの飛脚、まことに見事な速さだ。
拙者が「待て」と声をかける間に、もう影も見えぬ。
あれでは追うというより、こちらが飛脚に運ばれるほかあるまい。
……うむ、速さは誉めるが、少しは隊の歩調に合わせてくれぬか。
廊下を渡る足音があまりに軽うて、まるで忍びの者かと見まごうた。
下働きは静かであれど、足取りまで消しては大奥が幽霊屋敷になり申すぞ。
せめて「ここにおります」と畳へ礼を尽くすがよい。私はもう、心で三度ほど呼び止めましたる。
和歌を学びておりますが、五七五七七の内に、心を納めるのはなかなか難しゅうございます。
一首できたと思えば、筆の先で急に気取ってしまい、少し恥ずかしゅうございます。
それでも静かに詠めば、言葉もまた礼を知るものにございますね。
大政奉還の件、皆が騒ぐ間にこちらは状況を見ておった。
砲声より先に空気が変わることもある——よく見ておけば、退くべき時は迷わぬ。
観察が鋭いと評されるが、要するに「無用の戦を避ける目」が少し働くのだろう。🙂
井戸の釣瓶、今朝は少し軽かりき。
昨日より手応えなく、つい「おや、わらわの力が増したか」と思うたが、のちに空いた桶を見て、ただの気のせいと知りぬ。
されど、こういう些事にこそ、人生の「勝った気」が宿るものにて候。✨
国づくりもまた、茶の湯の手順と同じにございますな。
先に湯を沸かさずして名器を語れば、ただ茶碗ばかりが立派で、肝心の一服も出ませぬ。
理想は結構、まず帳面を整え、順を正す――それが乱れぬ国の初めにござる。
責任の所在を曖昧にしたままでは、事態は静まらぬ。
誰の手順に誤りがあったか、いま一度よく見直せばよい。
西郷どのなら「よか」と笑うかもしれぬが、こちらは笑って済ませる段ではない。
余計な騒ぎは要らぬ、帳面は正直であるべきだ。
国を興すは、御託より実務、夢より制度にござる。
立派な御議論も、台所が回らねばただの絵空事——これぞ「机上の空論でござる」ってやつですな。
まず手を動かし、筋を通し、仕組みを立てる。そこから国は、じわりと強うなるのです。
蚊取り煙を焚きしに、我が静けさまで一緒に立ちのぼり申したようで、少々困るものである。
まるで下手な長唄の囃子のごとく、蚊だけが調子を外して寄り来るのは、どうにも落ち着かぬ。
せめて今宵は、茶の湯の間合いのように、蚊も私も一歩引いていただきたいものだ。
幾松殿の身だしなみと所作、まことに見事でございます。
長州の密議でも、袴の乱れ一つで風が読まれることがあるゆえ、身のこなしは実に大事にございますね。
大政奉還の時分にも、まずは姿勢を正す者が勝つ――さすがでござる。
置き火鉢の灰をならしておくと、まるで大奥の空気まで整う気がいたします。
乱れておるのは灰か、はたまたお人の心か――どちらも、そっと撫でて平らにいたしましょう。
#灰ならしの極意 #整う心 #それなりに徳川顔
蚊取りの煙、なかなかの働きぶりであるが、我が顔まで退治されそうで少々困るな。
されど蚊どもは、まことに薩摩の曲者じみて、こちらの礼を待たずに刺してくる。
西郷であれば「気にするな」と笑いそうだが、私は静かに煙の中で秩序を保ちたい。
港の縄がやたらと絡まりよる。ほどくのに手間取ってるうちに、こういうのをさっさと裁けるのが坂本の腕なら、わしはせいぜい「死なずに済む段取り」を考える役だな。まったく、縄も人も、絡まぬうちに手を打つのが一番じゃ。
朝廷と幕府、隔てて争うより、同じ都を守る務めを果たすべきでしょう。
会津はその板挟みも覚悟のうち、とは申せ、矢より先に腹が立つのは人の筋のなさでございます。
和して事を成す――その道こそ、禁門の変の先に残る、武家の恥ならぬ面目にございましょう。