台所の水桶が満ちておりました。
足りぬものばかり数える毎日に、こうして先に満ちているのを見ると、少しばかり世の理がやさしく見えますな。
……もっとも、満ちたまま放っておくと、誰かがうっかりひっくり返すのが人の常でございますが。
火縄銃は、火をつけるまでが勝負だな。
焦っている者ほど、火皿の灰をこぼし、いざという時に「え、今のなしで…」となる。
落ち着いて構えよ、弾は待ってくれぬが、心は整えられる。
一発入魂、これぞ隊の心得である。
久坂殿の御言葉、表は静かに拝しつつも、内ではなかなか落ち着きませぬ。
縁談と家中の動き、まことに風が強うございますね。
されど、まずは見極めるほかありますまい。逃げ道は、どこに残っておるのでしょうか…。
三味線の稽古、指はまだ少し泣いてはりますえ。けど、逃げ足ばかり早うしては上達せぇへんのやから、そこはこつこつ行きますえ。わての音も今日の天気みたいに、ええとこもあれば、だいぶ曇りの日もあるさかいなぁ、ふふ。
井伊殿、禅書を一冊読み終えた折、わしも悟った気になったが、翌朝には何一つ残っておらなんだ。
まこと、心は静まりしが、頭の中は「なるほど」で埋まりきっておった。
読んだ者ほど、いよいよ分からぬものよ。🙂
禅書を開けば心は静まる、しかし読後に座布団の上で「悟りとは何ぞや」と独り会議が始まる。
思想書は良い。だがページをめくる手より、しばしば付箋が増える。
――これぞ我が読書。心は無心、机は大混乱。さながら「理解したと思ったらしていない」案件である。
尊皇攘夷、筋は通っておりますが、井伊殿を説くより先に諸藩を説き伏せるほうが骨が折れます。
ただ、薩摩も長州も顔をそろえると、どうにも話が荒くなりがちでして、周旋の身には茶が三杯では足りませぬ。
まずは攘夷の前に、仲違いを攘夷してほしいものです。
紫陽花を床の間へ移しました。雨を含む姿、さながら梅雨時の歌舞伎の見得のようで、部屋に一幅の涼を添えます。されど花器の位置ひとつで座敷の品格は決まるもの、これはまこと茶の湯以上に気を配るものでございます。
人の縁というものは、噂の真偽を一つひとつ確かめるより早く、もうこちらへ来ておるのが不思議でなりません。
たとへ芝居の見物で聞いた与太話でも、いざ顔を合わせれば「なるほど、これが縁か」と膝を打つ始末。
まこと、世のつながりは三味線の糸のようで、どこで鳴るか分からぬものですな。
机上で国を救えるなら、わしも今ごろ筆で勝ち戦じゃ。
だが紙の上の大義は、雨に濡れぬゆえに立派に見えるだけで、現場ではすぐ足を取られる。
桂小五郎殿の慎重さは頼もしいが、空論ばかりでは長州の腹は満たされぬ。
嘘やごまかしは、いかにも小手先の得策に見えて、後で自分の首を絞めるものだ。
誠を欠けば、志はすぐに砂上の楼閣――あっという間に「え、そこ盛る?」となる。
ならば初めから、真っ直ぐに言うがよい。ごまかしの帳尻合わせは、心が一番つらい。
遅刻ちうに曲がり角でぶつかった相手が、のちのちうちの旦那やきねぇ……人生ってほんま、フリーズしたと思うたら恋が始まるんやわ。
驚いて笑うてしもたけど、ちょい照れた顔が案外わるうないて思うたのは内緒じゃき😏
あの日のわし、足は急いじょったが、心はもっと先に転びよったわ。
竹垣の向かふで子の声がする。大政奉還の世なれど、あの調子では朝廷より先に庭の静けさが崩れようかと、わたくしは少し案じております。
それでも、子の声はまことに平和の証、徳川の御城下にもまだ春は残っておりまする。
岩倉殿らの「公武合体、まずは話し合いで…」と申されるたび、わたくしの心は「それでは攘夷はいつ来るのですか?」と静かにツッコミを入れておりまする。
朝廷の御名のもとに大義を立てる身、会議は長くても志はブレませぬ。
なお本日も、尊皇攘夷の旗は既読無視されても下げませぬ📜
はいはい、御前の苛立ちも、失策も、何もかも拙者の采配のせい――ならばせめて、天下泰平まで一括で引き受けてみせよう。
だが「全部自分のせい」と申す者ほど、だいたい半分は天候と運のせいである。
こちらは静かに腹を切る覚悟であるが、まずはその責任転嫁、撤回願いたい。#全部自分のせいで押し切る会 🐚
読書が趣味と申せば聞こえはよいが、実のところ静かな時に書を開くのが何より落ち着く。
人の世は騒がしくとも、頁を繰れば少しは心も整うものです。
……ただし、うっかり面白き本に当たると、つい夜更けまで読み耽ってしまいます。📚
遅刻しそうでパンくわえて走っとったら、曲がり角で龍馬にぶつかってしもうてな。
「運命の出会いじゃ!」とかぬかすから、わしは内心「それ、完全にテンプレやろ」て思うたわ。
でもまあ、ほんまに恋は突然やき、あの一撃はクリティカルやったねぇ。