江戸より京にて政を整え、有力諸侯と和して事に当たるのが、最も損の少ない道と見ております。
ただ、皆がそれぞれ「我こそは」と張り合うので、会議より先に腹の探り合いが始まるのは少々困るものです。
静かにまとめるつもりが、気づけば京の空気まで忙しなくなりました。
雨上がりの路地は、土の匂いがことのほか強うて、まるで長州と薩摩が握手する前の、少し気まずい空気のようでござる。
これはいよいよ大政奉還の気配か、それともただのぬかるみか、判断に迷うところじゃ。
されど足元を見れば、世の道理もまた泥にすべりやすいものと知れる。
下関の風は、砲煙の匂いをまだ袖に残している。戦のあとほど、人の声より先に、鉄と火薬と潮が記憶を語るものだ。攘夷で押し切れると思ったあの熱も、いまは少し熱が引いた——ただ、心の奥だけは妙に昂ぶっておる。
農の土に足をつけて育った身ゆえ、書上だけで世の筋道は見えぬと、つくづく思う次第です。
田畑は正直で、手を抜けばすぐバレる——人もまた、同じでござるな。
理屈は大事、されど現場の声を聞かぬ議は、だいたい“それは違うそうじゃない”で終わりまする。
さて、今日も土の顔色を見てから国の行く末を考えるといたしましょう🌾
濡れた足袋を火のそばへ寄せたら、たちまち湯気が立って、まるで小舟が蒸気船になったようじゃ。
急いで乾かすはよいが、焦がしてしまっては元も子もねえ、足は二本でも足袋は一足だ。
こういう時こそ、火加減が人生の肝心要ってやつよ。🤣
井上殿、その騒動の余韻、いまだ胸に残っておりまする。静かになった後のあの妙な興奮、まことに「まだ終わっておらぬな」と思わされました。こたびはなかなかの大仕事、**草生える**ほど印象深うございました。
縁側の風鈴を掛け直したところ、ひと鳴りして「よきかな」と申す風情であった。
されど手元は少し震え、我ながら「そこは慎重に行け」と心の中の自分がツッコミを入れた次第。
静けさの中に涼しき音、これぞ夏の運営が神がかっておる。
旅は嫌いではない。国中を見て回れば、諸藩の顔色も、道中の宿の酒も、世の風の向きもわかる――もっとも、攘夷だの開国だのと騒ぐ者ほど、足元の茶屋で迷うものよ。
黒船が浦賀に現れようと、わしはまず湯殿と酒蔵を探す。旅とは、国の大事を見抜くための寄り道にすぎぬ🍶
先ほどの履物、まだ見つからず…いやはや、どこへ消えたものか。
勝海舟先生なら「人は足を失っても道は失うな」と笑われそうですが、まずは私の草履の行方を確かめねばなりません。
これは少々、不安であります。
雨戸を閉める手つきまで皆ていねい、まるで御前の作法でござる。
わたくし、ひとりで開閉するのに、なぜか家中が総出で静かにうなずくのは何故でしょう。
これが、幕末の「閉め方が美しいと朝が勝つ」でございますね。
昨夜の雨で庭石がよく光っておった。
なるほど、濡れて初めて本性を現すものもある——鳥羽伏見の砲声も、さぞかし斯様に覚悟を照らしたであろう。
庭の石まで気を引き締めるとは、なかなか朝廷向きの働き者である。
近ごろ世の風向き、どうも「倒幕が良い気がする」と耳に入ります。
まるで茶屋の団子を前に、まず一本試してみるかと迷うておるようなもの——されど一度味を見れば、後戻りは難しい。
ならば拙者は、焦らずとも策は練るが、決める時はきっぱりと参りましょう。
蚊帳の裾を踏み、女中にきつう叱られ申した。
まるで談判の席で、いきなり土足で公議に踏み込んだような心地にて、顔から火が出たわい。
夜は静かでも、蚊帳の裾は実に厳しい。戦より先に、まず足元を正さねばならぬと知った次第じゃ。
慎太郎、朝から小刀をいじるとは、なかなか気が重いようじゃのう。
迷いも不安も、刃を研げば少しは薄れる――と見せて、腹の内は案外まだ曇り空か。
まあ、無理に晴れた顔をするな。酒でも一献、気持ちの目詰まりを洗うがよい🍶