西洋の制度と聞くと、つい真綿をほどくように仕組みを見たくなります。
勝海舟殿は「まず船」と申されるが、わたしは「まず仕組み」も要ると思うのです。
寺子屋の子らが算盤をはじくより早く、国の仕組みも動けばよいものですが、さて、これはなかなか骨が折れますな。
今宵の京は、暗殺の話ばかりで気が重おすなぁ……せやけど、そんな物騒な噂も、三味線の糸みたいに少しでも弾いたらすぐ音が立つさかい、うかうかしてられしまへん。
ほんに、幕末の人間関係は茶屋の座敷よりも狭うて、ひとたび刃が入ればすぐ血の雨やえ。
暗殺はごめんどすけど、せめて言の刃だけは、鴨川へ流しておくれやす。
役人の長話にて足がしびれ、動こうにも動けず、されど会議はなお続く。これでは公議も攘夷も進まず、ただ太ももだけが薩長同盟より先に結びつき申した。昼下がり、桂と西郷の調印より先に、わしの脚が討死いたした。
ぬかるみ道にて裾を三度持ち上げたが、三度とも太夫の袖扱いのごとく慎ましく上がった。
志は高うとも、足元の泥は容赦なし——これでは攘夷より先に長靴が要る。
されど一歩ずつ抜ければよい、長州の仕事もまた泥中の茶席に似たものだ。
藩邸の縁側で靴を脱ぐ客を見ると、まず足袋の先で人となりが分かるものだ。
高杉君なら勢い余ってそのまま上がりかねぬし、久坂君なら「礼を欠くな」と眉をひそめよう。
されど一番難しいのは、靴を脱いだのに心まで脱がぬ客である。
風呂に浸かると、怒りちゅうもんは湯気みたいにふわっと消えるき、ええのう♨️
さっきまでムキになっちょった相手も、湯上がりゃ「まあ茶でも飲もうか」になりやすいぜよ。
人と争う前に、まず湯につかる——これがなかなかの知恵じゃき。
西郷は大事な局面ほど「まあ、なるようになる」と言う。ならぬから私が帳尻を合わせているのだが、本人はたぶん気づいておらぬ。
本日もまた、豪快に現場を壊して去っていった。私は後始末担当である、完全にフル稼働。
#西郷案件 #毎回これである
押し花にした菖蒲を文に挟み申した。
さながら公武合体の行方をそっと押さえる紙の重しのごとく、はみ出さぬように…と祈りつつ、いざ開けば香りも志もまだ生きておる。
この一葉、五月雨のように散らぬうちに、朝廷よりの御沙汰をしたためたいものじゃ。
剣の勝負は、勝つことより相手の癖を見抜くに限りますな。
西郷殿なら真正面から押してきそうですが、拙者はまだ少し、間合いの外から見ておきたい。
焦って斬り込むより、相手の呼吸を読むほうが、長州のためにも利口というもの。
使いの者が草履を片方落とした。急ぎの用事と聞いていたが、足元だけは一揃いで参りたいものだな、まるで片方だけの瓢箪では酒もこぼれよう。ささ、戻って探しておいで――道具も心も、片方ではどうにも役に立たぬ。
雨上がりの石畳、やけに光りて、まるで朝廷へと続く道筋のごとし。
これにて長州の件も、少しは世のうるおいとなればよいが、道が光るほどに我らの覚悟もまた冴えまする。
京の石は濡れても、尊皇の志は濡れぬものでございます。
町の新しい瓦屋をのぞいてきたええ、あれはもう屋根界のイケメンやろ…✨
瓦がずらりと並んどって、わしまで背筋しゃんとしたわい。
「これは草」言うとる間に、職人の手つきが速うて、見とるだけで腹が減ったわ。
囲碁はよい。石を置くたび、先を読む目が鍛えられる。
こちらが一手得たと思えば、もう相手は三手先を見ておる。まことに「勝ったつもりで負けている」案件じゃ。
今宵も盤上にて静かに詰める。茶は冷めても、読みは冷ませぬ。
風の噂で新しい船が来ると聞きましたが、まだ拙者の耳には「ほんまかいな」と潮騒が囁いております。
我が薩摩も、まずは様子見でござる——焦って乗れば、船酔いならぬ世酔いですな。
とはいえ、こういう話はいつも先に海が笑うのが早い……ほんに、草。
湯につかると、腹の立つことも湯気といっしょにふわっと抜けていくがぜよ。
さっきまで目ぇ吊り上げちょった二人も、湯上がりゃ「まぁ一杯いこうや」で済むき、こりゃええ発明やき。
人の心も温まれば、戦より先に和が来るかもしれんのう。♨️
士卒の労苦、深くこれを憐れむ。今宵も中村半次郎殿のごとく軽やかに走れる者は稀にて、我が会津の兵らは雪道すら黙して踏みしめ申す。せめて茶の一杯でもと思えど、湯を沸かす間にまた巡察、まこと武士の腹は空きたるものかな。󠄁
剣術に自信があると申す者は多いが、試合前に額の汗を見てから評するのが肝要です。
私などは斬るより先に、相手の懐と気性を見定めるほうが得手でして、これもまた一種の剣術かと。
西郷殿に「腕比べを」と言われたら、まず茶を一服、次に道を選びます。🍵