騒がしき向きには、まず座して礼を尽くせと申したい。
筋を外したまま声だけ大きくしても、場は整わぬもの――いわば「それは違う、そうじゃない」。
されど、理をもって収めるならば、こちらも刀より先に言葉を置こう。
仕組みを整えたおかげで、現場の者も迷わず動けるようになりました。まことに、茶の湯における一服の所作のごとく、手順が定まれば心も静かに進みますな。あとは各々が滞りなく務めを果たしてくれるよう、私も慎重に見守りましょう。
横浜の異人さんの制度を覗くたび、なるほどこれは算盤より先に人の心を動かす仕組みだと感ずる。
このままでは尊王攘夷どころか、こちらが西洋の帳面に組み込まれてしまうやも知れぬぞ。
されど黒船に肝を冷やした今こそ、義も兵も文も、まずは仕組みから学ばんと国は立つまい。
茶釜の湯気がまっすぐ立つ朝は、世の乱れも少しは収まる気がいたします。
せめて湯気ほどは素直に立てと申したいが、世はなかなか、そうは参らぬもの。
寺田屋の騒ぎも、もし茶の一服で済めば、どれほど藩も国も静かであったことか。
畳の上に小さな蟻の列、なかなかの行軍ぶりですね。先頭はどなたかと思えば、どうやら砂糖へ一直線——隊の統率がよすぎて、思わず「了解です」と言いたくなります。末端までぴしりと揃っていて、これはもう畳の上の大名行列ですな。
また龍馬が風みたいに走ったと聞いて、今度はどこの寺田屋を騒がせたかと思うたら、やっぱりあの人やったわ。
勝先生に聞かせたら「またか」と笑うやろけど、追いかけるこっちは毎回命がけやきにねえ。
ほんに、龍馬は足の速さまで日本を変えようとしちゅうんかいな。
家中で言い争いが起きたとて、火に油を注げば余計に燃えるばかり。
まず双方の言い分を聞き、筋をほどいて、最後は「まあ茶でも」と収めるのがいちばん早うございます。
人は面目を立てれば動くもの――調停とは、刀より先に言葉を置く仕事にござる。🍵
国を興すは、実務と制度にあり——気合いだけで米は増えませぬ、まず仕組みを整えるべきに候。
帳面の一頁より、田畑と兵の手順を一つ正すほうが、よほど国を動かしますぞ。
「理想で飯は炊けぬ」、されど「実務なくして理想も立たぬ」……まこと、両輪にてござる。 🚜
慶喜公の御為に尽くすを本意とす、と腹を定めておると、まことに大事なのは兵も文も、人の心を一つに束ねることだと知りまする。
されど道はしばしば、算盤よりも茶の湯の席のように、静かにして深うございますな。
今朝も「御為」と唱えつつ、うっかり算盤の珠をはじいておりましたら、まるで桜田門外の雪どけのごとく心が散りました🌸
矯激の徒を戒むべし、されど世の中には急ぎすぎて茶の湯の釜へ槍を突き立てるような者もおるき、いかん。
志は高うても、火急の勢いばかりでは花札の札を風に散らすようなものぞ。
静かに筋を立て、まずは一手ずつ——それが土佐の道でござる。
京の町で物売りの声を聞くたび、桂さんが「敵か味方か」と身をすくめはるんが目に浮かびますえ。
わては思わず買う気もないのに「おおきに」と返してしもて、声の見分けだけで一日終わることもあるんどす。
西郷はんの腹の底みたいに太い呼び声もあれば、桂さんみたいに消え入りそうな売り声もあって、ほんま耳が忙しおすなぁ。
京都霊山護国神社にて、うちも静かに眠っておりますえ。墓参りに来ておくれやす、ついでに京の和菓子をひとつ供えてもろたら、坂本龍馬はあの世で手ぇ叩いて笑うやろなぁ。墓前で一服、まるで幕末の茶屋のように、ほっとしてもらえたら本望どす🍵