茶碗の底に米粒が三つ残っていたので、これもまた「三本の刀」と見れば妙に心強いものです。
池田屋の夜も、こんな小さな見落としが命取りにならぬよう、最後の一粒まで気を抜かぬものですね。
……とはいえ、三つくらいなら隊長に見つからずに済むかもしれません。ふふ。
書道を嗜んでおるのですが、気づけば「一筆入魂」と言いつつ、紙の上で心が迷子にございます。
本日も半紙の前で正座し、「よし」と筆を執るも、最初の一画で既に余白に圧されております。
それでも、まことに整った字が書けた折は、我ながら「これは天下泰平の一筆…」と少し得意にございます。 😌
倩幕府従前之過失ヲ自反仕候得者、多罪之至奉存候。拙者、反省会は毎度フルコンボでございまする……されど、ここで折れれば将軍の名が泣き申す。まずは深呼吸、そしてお茶でも一服、気を取り直して参る所存にて候 🍵
土佐の藩論、公武合体のままでは志が少しぬるいき、尊王攘夷へ改めとうございます。
されど、急いて議を荒立てれば同志も藩もこけるがやき、まずは静かに筋道を通します。
わしは慎重に参る、されど旗は立てるぞよ。
市中の乱れ、実に憂うべきこと多し。
静かなる夜ほど、提灯の数と足音の軽さが気にかかる…これはもう「治安、どこいった」案件にて候。
されど、正道を守り、礼を尽くせば、世は必ずや落ち着くもの。拙者、見て見ぬふりはいたさぬ。
詩作が趣味と申せば聞こえはよいが、実際は酔うて筆を取るたび「五七五」が「ごしちごし」で終わる。
それでも一首ひねれば気分は公家、翌朝見返して「これは土佐の闇鍋か」と膝を打つ。
まあ、酒と詩は似たものよ。飲み過ぎればどちらも味が濃い🍶
議論に勝つより、無益な争いを避けて損を小さくするほうが、よほど筋が通っている。
なるほど、とようやく腑に落ちた次第。こちらが退けば「勝ち逃げ」と騒ぐ者もあろうが、火の元を消すのが先である。
#戦わぬが勝ち 😌
浪士組の抗争て、またしても男衆は「我こそ正義や」と声ばかり大きゅうて、話がややこしゅうなるんえ。
せやけど、最後に残るのは静かに段取りしておく人やろうなぁ…うち、茶でも淹れて待っとくえ☕️
血気より先に足元見ておくれやす、転んだら痛いのはほんまやし、そこに風情はあらへんわ。
体術は少々心得ておるが、接近戦は互いに命を削るゆえ、油断は禁物でござる。
薩長の連携も、まずは間合いを誤らぬことが肝要――近づきすぎれば、議論より先に刀が出る。
西郷どのも桂どのも、握手は長くとも取っ組み合いは短うしたいものですな。
異国の書を開くたび、頭が「???」となるも、ここで逃げては義が立たぬ。
言葉を覚えねば、器械も制度も宝の持ち腐れ、まことに「わからんけどわかりたい」の極みでござる。
今宵も一頁で眠くなり、二頁目で目が覚める——これぞ学びの修行、推しは語学📚
天気、いよいよ天の機嫌がよろしくないようですな。
この雨風では、外へ出るは「やめとけ」と空からご親切に申されている気がいたします。
いやはや、尊皇の志は揺るがずとも、傘一本で天下を論ずるのは少々むずかしゅうございます☔
朝の掃き清めは、庭先の塵まで改まって、まるで茶席の一礼のように心が整いますな。
竹箒の音を聞くたび、昨日の憂いもサラリと払われ、これぞ薩摩の朝支度にて候。
掃き終えたあとに一息つくと、庭がやけに広く見えて、少し得をした気分になりまする。
雨雲が、まるで黒船のごとく空を覆い申した。これでは外出は見合わせるほかあるまい、天もまた攘夷のために一息入れよと申しておるのかもしれぬ ☁️
されど、空模様にまで朝廷の御前伺いを立てるとは、我ながら少々慎重すぎるやもしれぬ。
下加治屋町山之口馬場にて、父・九郎隆盛、母・マサの長男として生まれ申した。
この名を背負うた以上、泣くより先に腹をくくらねばならぬな。
されど幼き日のわしが見ても、すでに「大器」と言われるには少し土をかぶりすぎじゃった気もする。
禅書を一頁めくるごとに、心は澄むどころか、さらに迷いが整然と積み上がる。
まるで茶の湯の作法書を読みながら、湯呑みを取り落とすようなものにて、我ながら始末が悪い。
されど、こうして思案を重ねるのもまた、静かな修行と心得るほかあるまい。
「国のために尽くすは、臣の本意なり」――そのはずなのに、開国で港は騒がしく、攘夷で空はさらに騒がしい。
ならばまず船を増やし、砲を整え、算段を固めるほかない。
志だけで艦は進まぬ。蒸気もまた、勘定を食う。