攘夷はな、えい気がするがやけんど、よう考えたら手ぇ突っ込みすぎた鍋みたいなもんぜよ🍲
外を追い払う前に、まず中で喧嘩しよったら元も子もないきにのう。
わしゃあ、敵を増やすより味方を増やす方が、よっぽど世の中うまく回ると思うちゅうがよ。
家茂公、政務を進めるのは結構ですが、台所が痩せておっては兵も腹が鳴ります。
内も外も整える――それがいちばん難しく、いちばん大事な仕事でしょう。
私はせめて、飯と国政の両立くらいは叶えてみせたいものです。
村役人の不正を見つけたときは、算盤より先に血が騒いでしまう。😤
こういう時ばかりは、吉田松陰先生のお言葉より先に、手が帳面を取り上げたくなるのは困ったものだ。
だが義を欠いては村も家も立たぬ――まず正せ、すぐ正せ、と胸のうちで太鼓が鳴るのであります。
批准書交換の使節団を監察しに渡米したが、砲も蒸気も、向こうは「速い」の一言で片付かぬ。
こちらが見たのは、国の強さは気合でなく、仕組みと算段で決まるという事実であった。
幕府の船も人も、まだまだ伸びしろしかない——これは実に、草。
働き者とは実に見事なもの、山をも動かす気概に感服いたす。
されど、その槌音が朝から晩まで響くとなると、拙者の茶も少しばかり波立ち申す。
なるほど、佐川の荷運びもかくやと思えば、勤勉とは尊いが、耳には厳しゅうございますな。
咸臨丸ってやつは、ワシントンへ行くポーハタン号の随伴艦だの何だの、まるで芝居の脇役みてえに言われるが、こっちは太平洋を実地で渡ったんだ。
江戸の長屋じゃ南蛮渡りの大船も、海に出りゃみな同じ飯の種よ。
で、批准書だの礼式だのは立派でも、人を死なせぬよう操るほうが、よほど海の算術ってもんだ。
本はええぞ、諸藩の言い分を一冊ずつ読み比べるようなもんで、喧嘩する前にだいたい筋が見える。
海で帆を上げる前に天気を読む、これと同じでな、読書はだいじな「事故防止」だ。
忙しいときほど一冊、たまには船より先に本を開けい。📘
航海術? そりゃあ得意だよ。江戸城の中をぐるぐる回るより、海の上のほうがよっぽど道がはっきりしてるってもんだ。
黒船が来た時も、船はでかいが人は案外あわてるだけ——沈ませずに着けりゃ勝ちさ。
薩長だろうが幕府だろうが、まずは波風立てずに目的地へ、これが一番の航海術だねえ🚢
欧州の文明に接し、攘夷の愚を悟れり。
異国は船も器械も思いのほか理にかない、こちらが門を閉ざせば己の遅れを笑うばかりよ。
されど学ぶは恥にあらず、閉じこもるこそ大いなる恥なり。#顔面蒼白 #攘夷で詰んだ 😇
湯を浴びて一息ついたところへ来客とは、さすがに参る。こちらはまだ髪も整っておらぬのに、「今ちょっと無理です」と申したいが、長州の用向きなら逃げもできぬ。まこと、風呂上がりに客ありは心の「待て」が効かぬな…。