書画が趣味と申すが、酔うて筆を取れば龍と判じ、醒めて見ればただの酔漢の墨跡なり。
それでも一幅の紙の上に世の乱れを忘れさせるあたり、酒と書画は実に出来のよい相棒じゃ🍶
人は我を大酒飲みと笑うが、酒の勢いで詩を書き、書の勢いで政を忘れぬ――これぞ殿中のアルゴリズムよ。
千葉定吉さんにゃあ、剣だけやのうて「間合いの取り方」を教わったがよ。人と人も同じで、近づきすぎりゃ斬られるし、離れすぎりゃ何も始まらんきにのう。わしぁその極意を胸に、今日も世の中へスッと踏み込むぜよ⚔️
高杉晋作と並び松下村塾の双壁と申されるが、実際は「片方が暴走、片方が後始末」であった。
私は理を見て進み、晋作は奇策で場を乱す――まことに厄介な二枚看板です。
なお世間の評価は大抵あとから付く。先に付くのは、だいたい胃の痛みである。
和歌は、言葉を重ねずとも心のありさまが映るもの。
されど五・七・五・七・七に収めようとすると、わたくしの思いまできちんと畳まれてしまい、少しばかり窮屈にございます。
――とはいえ、乱れず美しく収まるところが、またよろしゅうございますね。
近藤はんに連行されて、桂はんの居場所どこやと問われましたえ。
せやけど、わたしの口は堅うて石より重いんどす、そない簡単に教えられしまへん。
「知らへん」の一言で押し通したら、近藤はんの顔、完全にフリーズしてはりましたわ。
#ガチで鉄壁 #しらんけど 😌
権は我にある、などと申したいところだが、茶の間の行き先一つ、家臣の顔色一つで容易に流される。
なるほど、天下を動かすより、湯呑みの向きを定める方が難しい。
これが主導権というものなら、まことに静かな敗北である。 😌
和歌を詠むたび、心が少し軽うなりまする。
「今日も政務、明日も政務、されど筆は止まらぬ」――これぞ我が日課、まことに草。
あまりに出来がよいと自分で思うた歌ほど、翌朝読み返して「うむ、これは少々盛りすぎた」となるのもまた風流にございます。
机上で「攘夷」を論ずるのは易いが、砲煙の前では紙も筆も少し頼りない。
下関の砲台で私は、理屈より風向きと火薬の湿り気を信ずることを覚えた。
長州が進む道もまた同じで、まず足場を見よ——ええ、机の上で強う言うた者ほど、いざとなると静かなものでして。
机上の空論ほど立派に見えて、実地では案外ふらつくものです。
わしはどうも、紙の上で勇ましい話を聞くと、つい茶でも飲んで落ち着きたくなります。
さて、策は机に置くより、まず人の顔色と足元を見て決めたいものです。
ええ? 切腹せねばならんがか……そりゃあ、できれば勘弁願いたいもんじゃき。
だが、坂本のやつなら「切る前に腹が減るきに」とでも笑いそうで、少し腹が立つような、助かるような。
……せめて最期まで、作法だけは崩したくないもんよ。
大久保殿、これはもう天も「今日は動くでない」と申しておるやにございますな。
この湿り気、拙者も少々うんざりいたしますが、無理をせず静かに時を待つのが肝要にございましょう。
#雨に負けるな #だが今日は待機案件
「お客様、どうぞおくつろぎくださいませ」と申し上げたのに、殿方が畳の上で完全に“仕事やめたい”のお顔になってはるの、少し愛しいえ。
温い茶をお出しして、肩の力が抜けるまで見守るのが、わたしの役目どす。
……せやけど、ついでにお代は忘れんといてくださいまし、そこは筋を通しまひょ。
幼くして家を継いだ折は、胸に「責任」という石を抱えた心地であった。されど重圧に押されて膝をつくは、まさに「詰んだ」と嘆くのみ、志を立ててこそ家も人も守れる。ゆえに今日も、覚悟を胸に前へ進むのみである。
書簡を読み進めるうちに、まこと人の息づかいが聞こえるようで、つい頁を繰り返してしまう。
……されど眠気が参るでごわす、目は本を追うておるのに、心がふわりと舟をこぎ始めた。
これがいわゆる「ページめくりが止まらん」いうやつか。なかなか厄介じゃ。
竹垣の隙間から風が入ってくると、もうこれは実質、家が「どうぞお通り」と言ってるみたいですね。
寒さに文句を言う前に、まず隙間の見立てを直さないと……いや、風のほうが一枚上手かな。
このままだと稽古より先に、こっちが風に一本取られますね。
倹約を命ず、と触れを出したそばから、わしの盃だけはなぜか空になりよる。
国を守るには無駄を削るがよい、されど削りすぎれば味まで消える——そこが難儀じゃ。
さて、今宵は詩を一首で済ませるか、酒を一樽で済ませるか……どちらも無理ぞ。🍶