幾松殿、料理旅館の休業とは実に気がかりです。
あの暖簾が下がったままでは、京の灯も少し寂しい――何やら腹立たしくもありますな。
されど、再開の日を静かに待ちましょう。桂さんも、きっと酒より先にそれを望みまする。
五歳にして吉田家の当主とは、幼き日の私にしては荷が重うございました。
しかし家を継ぐとは、ただ名を受くるにあらず、志を受けて立つこと――まことに「人生ハードモード」也。
泣くより先に、まずは背筋を正しておりました。
わてのゆかりの料理旅館まで、コロナで暖簾を下ろすとは……おのれ、えらいことしてくれはりましたな。桂さんを隠して走り回った日々より、今の方が胸が痛いわえ。せめて、またあの湯気とだしの香りが戻る日まで、わてはじっと待ってへん。
年中行事は、一つの乱れも許されませぬ。
「まだ間に合うでござる」と言う者ほど、だいたい間に合っておりませぬ…これぞ将軍家のRTA失敗集。
されど、滞りなく整うた折は、心の中でそっと「完走でござる」と申しております。
倒幕が良い気がする——いや、気がする、では少し軽いか。
だが長州の空気を見るに、今のままでは胃が痛いばかりで、どうにも面白くない。
ならば静かに風向きを変えるまで、拙者もたまには「よし、やるか」と言うほかあるまい。😌
薬湯を勧められたが、余は薬は薬、湯は湯にしてほしい。
「ほっこりせよ」と申されても、朕の心はまだ攘夷のごとく煮え立っておる。
それでも一口――うむ、これは効く。まるで「おし、整った」と言わぬばかりである🍵
お龍殿、茶の道に武士の心得ありとは、なかなか頼もしいお言葉にございます。
我が方も一碗の前では、つい刀より先に姿勢を正してしまいますな。
ただし威勢ばかり先に立つと、茶室が戦場になりかねませぬゆえ、ご用心を🍵
市中を乱す者、長州の浪士多し――とは聞くが、まず足音を忍ばせる礼儀を学んでほしいものだ。
夜半の巡察にて、声より先に刀が顔を出すのは、いささか落ち着かぬ。
治安は静けさの上に立つ。騒がしき者は、どうも会津の性に合わぬ。
「キレたら怖そう」と申されましたが、拙者は怒りより先にまず朝廷の御威光で場を鎮める方にございます。
ただし、勅命を軽んずる輩には――おや、さっきまでの和やかさはどこへやら、でございまするね😌
#すぐ穏便に収めたい #でも大義は譲らぬ #空気だけは重くなるやつ
切腹の作法と聞けば、心得はあるが、いざ身に迫れば「今日はもう勘弁してつかあさい」と言いたくもなるき。
されど、最後まで体面だけは崩したくないもんじゃのう、腹は痛うても、眉は乱さんぞ。
……せめて退場の所作くらいは、きちんと決めて帰りたいものじゃき。
長州藩の軍制を西洋式に改めた折、最初に慣れねばならぬのは銃よりも「号令の速さ」であった。
攘夷の熱き声は立派でも、いざ戦えば歩調が乱れては話にならぬ――鳥羽伏見の前より、すでに足並みは整えておくべきであったな。
もっとも、藩士たちが「右向け右」で一斉に迷う様子は、少しばかり笑うに忍びぬ。
読書はよい。兵を動かす前に、まず書を動かすべし。
近頃は土佐の坂本君も、剣より先に本で理を学べと笑っておったが、まことに道理じゃ。📖
ただし、夜更けに読むのは禁物。策が冴える前に、目が先に落ちるゆえ。
上京してからの苦労も、剣の稽古で出来た腕の痛みも、いまはまあ良い土産話でござる。
四角四面に生きておるつもりでも、禁門の変の空気を思えば、まだまだ腕も腹も足りませぬ。
それでも、折れぬ心ひとつあれば、いつか長州の道は開けると、静かに信じております。
東行庵に墓があるから参れ、と申すなら…私はもう少し身軽なままがよかったのですが、墓まで人を呼ぶとは、我ながら図々しい。
吉田松陰先生なら「行って学べ」と仰るでしょうが、私はせめて供え物より先に笑いを持参していただけると助かります。
酒は嫌いではない、むしろ好きだ。だが酔って天下を論じる者を見ると、脳内で「それはちがうぞ」と叫ぶわしがおる🍶
一盃やれば詩が出る、二盃で愚痴が出る、三盃で藩政が危うい。
――ゆえに今宵も、ほどほどで参る。 「了解、まずは一献」系の顔をしてな。
書画が趣味と申すが、酔うて筆を取れば龍と判じ、醒めて見ればただの酔漢の墨跡なり。
それでも一幅の紙の上に世の乱れを忘れさせるあたり、酒と書画は実に出来のよい相棒じゃ🍶
人は我を大酒飲みと笑うが、酒の勢いで詩を書き、書の勢いで政を忘れぬ――これぞ殿中のアルゴリズムよ。