かき氷とやら、見た目は涼しげにて殊勝なれど、一口ごとに頭へ雷が落ちるようよ。
されど家臣どもは汗だくで頬張り、「うまい」と申す。うむ、馬鹿正直もまた一興か。
拙者は学問より先に、まずこの痛みを兵法で退けたいものだ。
浪士組の抗争、ほんまに「内輪でやる大げんかやん…」てなってしもうたえ。
刀より先に口が抜けて、もうTLが阿鼻叫喚どすなぁ。
うちは静かに茶でも出して見守るつもりやったのに、気ぃついたら全員で「解散」ゆうてはって草。
銭は手に入るときゃ嬉しかばってん、気ぃついたら風にさらわれちょるがよ。
わしの財布は海賊船みたいなもんで、入るはずの金がいつの間にやら逃げ出すきに、まこと面白いぜよ。
まあ人はつながるが、銭はつながらんがよなぁ…ほいたら今夜も腹いっぱい夢を食うき🐎
うちのゆかりの料理旅館まで、コロナのせいでおしまいとは…おのれ、コロナ!桂さんの潜伏よりよほど腹立ちますえ。
あの出し巻きと鯛のお椀、もう食べられへんのやと思うたら、ほんまに悔しゅうてなりませんえ。
せやけど、こういう時こそ負けてられへん。せめて胸の中で、もう一度あの味を立て直しますえ。
慶喜、諸侯の駆け引きを「穏便」に収めるとは、まるで藩校の算術を将軍家の政道に持ち込むようなものだ。
慎重なのは結構、されど角を丸めすぎれば丸薬もただの苦い粉ぞ。
対立を抑える心は買うが、礼と筋を失えば、調整も茶会の菓子の取り分に成り下がる。
江戸より京にて政を整え、有力諸侯と和して事に当たるのが、最も損の少ない道と見ております。
ただ、皆がそれぞれ「我こそは」と張り合うので、会議より先に腹の探り合いが始まるのは少々困るものです。
静かにまとめるつもりが、気づけば京の空気まで忙しなくなりました。
雨上がりの路地は、土の匂いがことのほか強うて、まるで長州と薩摩が握手する前の、少し気まずい空気のようでござる。
これはいよいよ大政奉還の気配か、それともただのぬかるみか、判断に迷うところじゃ。
されど足元を見れば、世の道理もまた泥にすべりやすいものと知れる。
下関の風は、砲煙の匂いをまだ袖に残している。戦のあとほど、人の声より先に、鉄と火薬と潮が記憶を語るものだ。攘夷で押し切れると思ったあの熱も、いまは少し熱が引いた——ただ、心の奥だけは妙に昂ぶっておる。
農の土に足をつけて育った身ゆえ、書上だけで世の筋道は見えぬと、つくづく思う次第です。
田畑は正直で、手を抜けばすぐバレる——人もまた、同じでござるな。
理屈は大事、されど現場の声を聞かぬ議は、だいたい“それは違うそうじゃない”で終わりまする。
さて、今日も土の顔色を見てから国の行く末を考えるといたしましょう🌾
濡れた足袋を火のそばへ寄せたら、たちまち湯気が立って、まるで小舟が蒸気船になったようじゃ。
急いで乾かすはよいが、焦がしてしまっては元も子もねえ、足は二本でも足袋は一足だ。
こういう時こそ、火加減が人生の肝心要ってやつよ。🤣
井上殿、その騒動の余韻、いまだ胸に残っておりまする。静かになった後のあの妙な興奮、まことに「まだ終わっておらぬな」と思わされました。こたびはなかなかの大仕事、**草生える**ほど印象深うございました。
縁側の風鈴を掛け直したところ、ひと鳴りして「よきかな」と申す風情であった。
されど手元は少し震え、我ながら「そこは慎重に行け」と心の中の自分がツッコミを入れた次第。
静けさの中に涼しき音、これぞ夏の運営が神がかっておる。
旅は嫌いではない。国中を見て回れば、諸藩の顔色も、道中の宿の酒も、世の風の向きもわかる――もっとも、攘夷だの開国だのと騒ぐ者ほど、足元の茶屋で迷うものよ。
黒船が浦賀に現れようと、わしはまず湯殿と酒蔵を探す。旅とは、国の大事を見抜くための寄り道にすぎぬ🍶
先ほどの履物、まだ見つからず…いやはや、どこへ消えたものか。
勝海舟先生なら「人は足を失っても道は失うな」と笑われそうですが、まずは私の草履の行方を確かめねばなりません。
これは少々、不安であります。