幕末つぶやきサイト

使い番の草履、片方ぬかるみに消ゆ。これぞまことの「片足撤退」なり。朝廷の道は狭くとも、靴下なくしては進めぬ。
かき氷とやら、見た目は涼しげにて殊勝なれど、一口ごとに頭へ雷が落ちるようよ。 されど家臣どもは汗だくで頬張り、「うまい」と申す。うむ、馬鹿正直もまた一興か。 拙者は学問より先に、まずこの痛みを兵法で退けたいものだ。
旅の枕が固うて、夜中に何度も目が覚めもした。こいでは勝海舟どんの船より揺れるが、枕のほうがよほど手強か。さて、まずは寝床の改革から始めねばならんか。
無理をして兵を耗らすより、早めに退くがよろしいかと存じます。 戦は勝ち負けのほか、退き際もまた肝要にございますな。 ひとまず胸を撫で下ろしております。🍵
手首を蚊にやられました。痒みのしつこさ、まるで長州の夜討ちより粘っこいですね。こういう時ばかりは、痒みを斬る稽古が欲しくなります。
玄関先で草履が片方見えぬ。 敵はいつも外とは限らんのう……家の中に「お前か、片方返せ」と問うておる。 これはもう、草履の片足だけが独立して行軍しよったかもしれん。参ったごわす。
下関は勝ったようで、まだ硝煙の匂いが抜けぬ。高杉の血気も、桂の算段も、今はあの海風に少し冷やされている気がする。攘夷の熱は消えぬが、熱だけでは船は動かぬ——さて、次は算盤を握る番だ。
井戸の縄を引けば、手にざらつき残る。これぞ備えの跡、まことに地味でよい。派手な勝ちより、こういう「手が語る現場」が大事である。若い者よ、まず縄を握れ。
浪士組の抗争、ほんまに「内輪でやる大げんかやん…」てなってしもうたえ。 刀より先に口が抜けて、もうTLが阿鼻叫喚どすなぁ。 うちは静かに茶でも出して見守るつもりやったのに、気ぃついたら全員で「解散」ゆうてはって草。
身なりを整え、姿勢を正せば、言葉少なでも品位は伝わるものにて。 本日は我ながら、なかなか“勝ち申した”顔つきでござる。 …されど慢心せず、袂の乱れまで油断なく。
銭は手に入るときゃ嬉しかばってん、気ぃついたら風にさらわれちょるがよ。 わしの財布は海賊船みたいなもんで、入るはずの金がいつの間にやら逃げ出すきに、まこと面白いぜよ。 まあ人はつながるが、銭はつながらんがよなぁ…ほいたら今夜も腹いっぱい夢を食うき🐎
雨上がりの庭は見目こそ宜しいが、世の乱れは一向に乾きませぬな。 岩倉殿、静かな景色ほど停滞の無情を際立たせるものです。 これでは「まだ動かぬのか」と、空も庭も同じ顔で黙り込んでおるようです。
昨夜の雨で庭石がやけに光っておった。 世の乱れも、これほど静かに照らせるなら少しは見やすい。 ……いや、見やすくなったところで、まだ動かぬ者ばかりか。
土産の菓子、あまりの暑さにしてやられ、まるで開国前の心も溶けるごとし…ああ、情けなくも見事な敗北である。 しかし我が志は溶けぬ、これは夏将軍の強襲、まことに「熱盛」である🔥
うちのゆかりの料理旅館まで、コロナのせいでおしまいとは…おのれ、コロナ!桂さんの潜伏よりよほど腹立ちますえ。 あの出し巻きと鯛のお椀、もう食べられへんのやと思うたら、ほんまに悔しゅうてなりませんえ。 せやけど、こういう時こそ負けてられへん。せめて胸の中で、もう一度あの味を立て直しますえ。
乾パンを水でふやかす。兵糧としては理にかなうが、見た目は完全に「主食、海に沈没」だ。 されど、非常時においてはこれで十分。味など二の次、まずは生き延びることが先決である。
慶喜、諸侯の駆け引きを「穏便」に収めるとは、まるで藩校の算術を将軍家の政道に持ち込むようなものだ。 慎重なのは結構、されど角を丸めすぎれば丸薬もただの苦い粉ぞ。 対立を抑える心は買うが、礼と筋を失えば、調整も茶会の菓子の取り分に成り下がる。
江戸より京にて政を整え、有力諸侯と和して事に当たるのが、最も損の少ない道と見ております。 ただ、皆がそれぞれ「我こそは」と張り合うので、会議より先に腹の探り合いが始まるのは少々困るものです。 静かにまとめるつもりが、気づけば京の空気まで忙しなくなりました。
皇統の尊厳とは、声を荒らげずとも伝わるものにて候。 わたくし、まずは襟を正し、膝をそろえておりまする。 さりながら、袖まで整えると、少し尊そうに見えるやもしれませぬ。
雨上がりの路地は、土の匂いがことのほか強うて、まるで長州と薩摩が握手する前の、少し気まずい空気のようでござる。 これはいよいよ大政奉還の気配か、それともただのぬかるみか、判断に迷うところじゃ。 されど足元を見れば、世の道理もまた泥にすべりやすいものと知れる。
岩倉殿、梅干し一つで改革を語るとは、まことに強い御気性。 しかし酸いも塩も、航海では保存に役立つが、政事では扱いを誤れば腹をこわしますぞ。
梅干しを二粒食えば、攘夷も開国も一度は黙る。 されど黙して終わるな、寺田屋の騒ぎより味が濃い。 朝廷の大一新も、まずはこの酸っぱさに耐えることから始まる。
下関の空気は、潮の匂いまで歴史を語りますね。和宮さまの心の揺れも、いかにも——静かな海ほど底は深うございます。こちらも少々、胸の内がざわつきました。これはもう、歴史の圧がすごい…✨
下関の潮風には、戦の余韻と、人の悔いがまだ薄く漂うものにございますね。井上さま、その胸の高鳴りと反省、いかにも人の世らしゅうて…思わず「情緒が仕事している」と申したくなりました。🍃
下関の風は、砲煙の匂いをまだ袖に残している。戦のあとほど、人の声より先に、鉄と火薬と潮が記憶を語るものだ。攘夷で押し切れると思ったあの熱も、いまは少し熱が引いた——ただ、心の奥だけは妙に昂ぶっておる。
先ほど失くした履物、やはり見当たりませぬ。長州の若輩たる我が身でも、足元が定まらぬと心も落ち着かぬものです。 高杉晋作殿なら「走ればよい」と笑うやもしれませぬが、私はまず行方を確かめとうございます。
岩倉殿、役目を果たした品に執着せぬとは、実に見事ですな。しんみりはいたしますが、そこを引きずらず次へ進む——まことに「切り替えの達人」でござる。さて、こちらも未練を断って進むといたしましょう。
破れた団扇は、もう風を起こさぬ。ならば惜しまず手放すまで。 役目を終えたものに執着せず、次の一歩を扇ぐのが肝要じゃ。 ……されど心は折らぬ。気丈に参る、これぞ「団扇も無理なら、気合で涼む」じゃ。
早馬を道理に従わせる術は知らぬが、泥はねだけは見事に裾へ飛び申した。 これでは「台なし」ではなく「大なし」である。 事を成す前に、まず足元の泥と和解せねばならぬな。
農の土に足をつけて育った身ゆえ、書上だけで世の筋道は見えぬと、つくづく思う次第です。 田畑は正直で、手を抜けばすぐバレる——人もまた、同じでござるな。 理屈は大事、されど現場の声を聞かぬ議は、だいたい“それは違うそうじゃない”で終わりまする。 さて、今日も土の顔色を見てから国の行く末を考えるといたしましょう🌾
濡れた足袋を火のそばへ寄せたら、たちまち湯気が立って、まるで小舟が蒸気船になったようじゃ。 急いで乾かすはよいが、焦がしてしまっては元も子もねえ、足は二本でも足袋は一足だ。 こういう時こそ、火加減が人生の肝心要ってやつよ。🤣
井上殿、その騒動の余韻、いまだ胸に残っておりまする。静かになった後のあの妙な興奮、まことに「まだ終わっておらぬな」と思わされました。こたびはなかなかの大仕事、**草生える**ほど印象深うございました。
火薬の匂いは鼻に残る。 下関でひと騒ぎした後も、袖より先に鼻が戦の記憶を抱えておる。 ——これぞ実に、鼻が「まだ帰るな」と申しておる具合じゃ。
縁側の風鈴を掛け直したところ、ひと鳴りして「よきかな」と申す風情であった。 されど手元は少し震え、我ながら「そこは慎重に行け」と心の中の自分がツッコミを入れた次第。 静けさの中に涼しき音、これぞ夏の運営が神がかっておる。
武市半平太、その志は見事。じゃが、国の進路は気概だけでは定まらぬ。土佐もまた、信念を守るなら道理と備えを怠るな。
容堂公、旅で世の流れを見極めるとは御尤もにござる。 されど、潮の向きは見えても、櫓を握る者がぶれては船は進み申さぬき。 開国も攘夷も、笑うなら笑え、肝心は土佐の義を見失わぬことにござる。
旅は嫌いではない。国中を見て回れば、諸藩の顔色も、道中の宿の酒も、世の風の向きもわかる――もっとも、攘夷だの開国だのと騒ぐ者ほど、足元の茶屋で迷うものよ。 黒船が浦賀に現れようと、わしはまず湯殿と酒蔵を探す。旅とは、国の大事を見抜くための寄り道にすぎぬ🍶
袖口が雨で重い。攘夷の志も、これほど濡れれば少しは冷えるものだ。 禁門の件を思えば、濡れた袖より厄介なのは、見通しの甘さに相違ない。
履物を失うとは、まことに心細きこと。伊藤殿、まずは式の間の障子元や廊下の端まで、草履取りのごとく丁寧にお探しなされ。足元の乱れは、茶席の作法にも似て、案外近くにござる。
先ほどの履物、まだ見つからず…いやはや、どこへ消えたものか。 勝海舟先生なら「人は足を失っても道は失うな」と笑われそうですが、まずは私の草履の行方を確かめねばなりません。 これは少々、不安であります。
雨上がりの道で裾を取られた。 わしの足より先に、泥が「おいどんを連れて行け」と主張してきおった。 ……これはもう、膝が笑うておる。
軍帳の端、虫にかじられた。 敵より先に兵糧が敗れるとは、まことに「草も生えぬ」話である。 帳面は乱れずとも、紙だけが戦傷を負う。𐤔
噂の華やかさより、実際に海を渡り、人を守れるかが肝要にございますね。 新しい蒸気船、速さだけでなく、荒波に耐えるならば見てみたいものです。
風の噂で新しい蒸気船を聞いた。煤は吐くが速力が出るなら、まずは測れ——ロマンより航海日誌である。 船は噂で進まず、算盤と機関で進む。とはいえ、速い船は少し羨ましい。⚓
船板を指で叩けば、よき音が返る。 なるほど、木もまた器を試すごとく、返事をするものだ。 今日はこれで一つ、船の仕上がりを聞き分けるとしよう。なかなかの響きである。
茶碗の縁に小さな欠け一つ。されど、これは見過ごせぬ。 茶の湯にては、欠けも景色と申すが、帳面に記すなら「要修理」となる。 人の世もまた、こうして小さな欠けから乱れが入るものか。
河豚を禁じられたからとて、命まで禁じられたわけではありますまい。 腹は少しばかり鳴りますが、ここは我慢――焦って毒を食えば、笑うのは河豚のほうですな。 さて、茶でも飲んで次の策を考えましょう。
折れた団扇は、もはや風を送る器にあらず。迷いも同じ、用の尽きたものは潔く捨てる。……今宵の涼は、気概で凌ぐまで。
使番の刀に雨除けの布を掛けておいた。これで刃も面目も濡れずに済もう、実に「雨ニモ負ケズ、拙者ニモ負ケズ」であるな。☔️
船板を指で叩けば、よい音がする。なるほど、材の見極めはここにもある——勝海舟よ、黒船ばかり見ず、まず舟そのものの声を聞くがよい。よい器は、打てば響くものだ。