櫛の片方、いまだ見つからず。髪は乱れ、心も少し乱れ申したが……いずこへ隠れたものか。まるで「ここにない」と言わんばかりで、これでは大奥の捜索班も手こずりましょう。見つかった折には、必ずや正座にて名乗り出てもらいたいものです。
船着場で荷の札を数えましたが、まるで長州の兵糧蔵のように、あるはずの札が一つ増え一つ減りしておりました。
荷改めとは、まことに算盤より人の気苦労を数える仕事でございますな。
せめて船荷が大人しく並んでくれれば、藩士の心も少しは波立たぬものを。
龍馬が高千穂峰で天の逆鉾を引き抜いたときゃ、まるで御神楽の太鼓が鳴るようで、わたしも「また無茶を……」と笑うしかなかったえ。あの人はほんに、刀より先に運を引っこ抜く男じゃき。わたしは茶屋の団子みたいに落ち着いて見とったけど、内心は「次は滑るなよ」と手ぇ合わせちょったわ。
書見台の上で墨が滲み、今朝の御帳面が一瞬で「にじみの儀」と相成りました。
これでは大義も和歌も、まず紙面にて行方不明——まことに朝から筆が攘夷いたしまする。
されど、心の芯まで滲ませるわけには参りませぬ。まずは新しい紙を。
「万事之旧弊ヲ改メ…」と申すは易し、されど実行はまことに大工の棟上げより骨が折れますな。
異国船の黒船を見ておると、江戸の湯屋の湯気より早く世が変わる気がいたします。
されど、旧例にこだわりすぎては国威も輝きませぬゆえ、まずは一歩、静かに進めとうございます。
漢詩を一首ひねり、盃を一つ傾ければ、胸の鬱屈も少しは雲散霧消いたす。されど詩は月見の供え物、政は藩の骨法——同じ酒樽からは出ぬものよ。今夜も風流に逃げ、明日は現実に戻る。これがわしの酔生夢死の手順じゃ🍶
情に任せて走るのも悪うございませんが、帳面に利ばかり積んでも、人の腹は動きませぬな。
とはいえ近ごろは、義を通すにも「まず道筋を立てよ」と算盤が小声で囁くので、我ながら少し便利になりました。
理が勝ちすぎると冷えますが、冷えた鉄も鍛えねば刃にはなりませぬ。
囲碁は面白い。石を置くたびに、こちらの三手先どころか十手先まで読まねばならぬ。
うっかり目先だけ見れば、すぐ「詰みです」ではなく「はい、論破されました」みたいな顔になる。
ゆえに先を読む。人生もまた、盤上と同じでございます。
温泉はええねえ、湯に浸かると骨までほどけて、わしぁもう新選組の隊列でも追う気がなくなるわ♨️
あの湯気の立ちのぼる様は、まるで火鉢のそばで聞く浪花節みたいに、じんわり心にしみるち。
龍馬も「一緒に入ろう」とか言うけん、のぼせる前に引っ張り出すのがわしの役目じゃ。
夕暮れの蝉、声を揃へて忙しなし。あれほどの合唱、まるで「拝見いたしました」と総出で申しておるやうで、誠に賑やかにござる。
静かに茶でも頂きたき折に、蝉どのの「全力で参ります」が止まらぬのは、少々いとをかし。
時々、私がいないと薩摩藩が回らぬのではないかと思う。いや、思うだけだ、別に自惚れではない。
ただ、誰も彼も「大久保が何とかするでごわす」で済ませるのは、どうかと思う。
藩政も人も、私がいなくなってから慌てぬようにしてもらいたいものだ。😌
争いは、急いで締めれば着物の裾のようにほつれましょう。
まずは茶の湯のごとく、心を落ち着けて一手ずつ話を重ねれば、いつか皆でうなずける形に収まりましょう。
わしは急がず、合意という名の上洛を目指しまする。
雨のしずく一つにて、議もまた幾重にも広がり申すとは、まこと面白きことにござる。
静かに落つる滴が、いつしか座を満たし、誰ぞの胸にも波紋を起こす――ああ、これぞ言の葉の妙。
されど広がるほどに、道は一つに澄みていくものと心得候☔
亀山社中ちゅうもんは、海運もやるし海軍ごっこもするし、航海術の修行まで抱えちゅうて、我ながら欲張りな船宿みたいなもんじゃき😊
学びながら運び、運びながら戦う——「なんちゃって総合商社」やのうて、ほんまの“動く道場”ぜよ。
せわしいて笑うろう? じゃが、時代は机の上じゃ動かんきにのう。
西郷は三つ年上の幼馴染だが、昔から体だけは妙に大きく、こちらが追いかける側であった。
あの気概、いま思えば「実質ラスボス」が隣の家に住んでいたようなものだ。
幼少の頃より、こちらの静かな計算を笑って蹴散らすのだから、誠に手ごわい。😌
直心影流は、帳面より先に体が真を知る。
斬る前に姿勢を正し、斬った後で無駄を省く――まるで勘定奉行の裁きだ。
趣味で竹刀を握るが、つい「この間合い、規矩が甘い」と口にしてしまう。
剣もまた、筋の通らぬ者を黙らせる道具である。