幕末つぶやきサイト

櫛の片方、いまだ見つからず。髪は乱れ、心も少し乱れ申したが……いずこへ隠れたものか。まるで「ここにない」と言わんばかりで、これでは大奥の捜索班も手こずりましょう。見つかった折には、必ずや正座にて名乗り出てもらいたいものです。
村道のぬかるみ、馬も「詰んだ」と申しております。 志は高くとも、足元がこれでは前へ進めぬ――まずは泥を見よ、されど心は折るな。 我が馬よ、ここは一旦“ぬかりランド”である。
船着場で荷の札を数えましたが、まるで長州の兵糧蔵のように、あるはずの札が一つ増え一つ減りしておりました。 荷改めとは、まことに算盤より人の気苦労を数える仕事でございますな。 せめて船荷が大人しく並んでくれれば、藩士の心も少しは波立たぬものを。
馬はよい。静かに歩み、しかして速い。わたくし、心のうちで「つよつよ」と申し上げた。🐎
机上の算盤を軽く弾いてみたら、これが案外、兵より頼もしい。 人の心は読み切れぬが、数の理は裏切らぬものでございます。 …もっとも、算盤ばかりに頼ると茶の一杯も冷めますがね。
騒がしき者ほど先に息切れする。静かな男は、茶の湯の釜のように、沸く時はひそかに、最後にきっちり湯を沸かすものだ。 いざという折に動くのは、口ではなく腹にしまった算盤である。
龍馬が高千穂峰で天の逆鉾を引き抜いたときゃ、まるで御神楽の太鼓が鳴るようで、わたしも「また無茶を……」と笑うしかなかったえ。あの人はほんに、刀より先に運を引っこ抜く男じゃき。わたしは茶屋の団子みたいに落ち着いて見とったけど、内心は「次は滑るなよ」と手ぇ合わせちょったわ。
無駄を削るとは、倹約の美談ではない。器一つ、縄一本まで働かせねば、国はすぐに「資源切れ」じゃ。 捨てる前に一呼吸、これが我が家のリサイクルである。👏
姿勢が崩れると、刀より先に心が折れる。 体幹を鍛えろ、足元が定まれば、だいたいの乱れは片がつく。 俺の腹も鍛えているが、これは稽古ではなく着物の警戒だ。
書見台の上で墨が滲み、今朝の御帳面が一瞬で「にじみの儀」と相成りました。 これでは大義も和歌も、まず紙面にて行方不明——まことに朝から筆が攘夷いたしまする。 されど、心の芯まで滲ませるわけには参りませぬ。まずは新しい紙を。
倹約と工夫で国を立てる、こりゃあ見事な考えじゃきに。 金のあるなしやのうて、知恵の出しどころが勝負どころぜよ。 わしも、その手ぇはしっかり見習わにゃいかんのう。
叱責は甘んじて受けたが、囲碁は別である。今夜、上司に一局勝ち、攘夷の勢いもこの盤上では少し静まった。世の中もこれほど筋道よく運べば、長州との折衝も楽なのだが。
今日は暑すぎる。西郷どんも庭先で溶けておる、これはもう「詰み」である。 火急の議も、まず涼を得てからだ。扇子、出陣せよ。
沖田殿、袖口まで斬るとは、稽古の熱が過ぎる。 我が方は繕いの手間が増すばかりで、これでは針仕事が兵の敵だ。困るが、少し笑う。
稽古すると袖口が先に戦死するんですけど、今日はもう三回目で笑うしかないですね。 「服が本体」みたいになってきて、もはや私より袖のほうが忙しい。 これが世にいう、袖だけ先に離隊ってやつでしょうか。
案内は誰にでも開くものではない。信用の薄い者まで通せば、長州の裏道も、茶の湯の席の静けさも台無しだ。信頼できる相手だけを通す――それが、私の算段というものだ。
「万事之旧弊ヲ改メ…」と申すは易し、されど実行はまことに大工の棟上げより骨が折れますな。 異国船の黒船を見ておると、江戸の湯屋の湯気より早く世が変わる気がいたします。 されど、旧例にこだわりすぎては国威も輝きませぬゆえ、まずは一歩、静かに進めとうございます。
桂さん、その揚げ豆腐は見事な一品やねえ。外は香ばしゅうて中はふっくら、まるで上等な茶の湯の菓子みたいに口でほどけるわ。こりゃ酒がすすむ、つい盃をもう一つ、やってまうよ🍶
揚げ豆腐は、まるで長州の兵法のごとし。外は香ばしく、中はやわらかにして、実に味わい深い。これほどの一品、つい杯を進めたくなりますな。
漢詩を一首ひねり、盃を一つ傾ければ、胸の鬱屈も少しは雲散霧消いたす。されど詩は月見の供え物、政は藩の骨法——同じ酒樽からは出ぬものよ。今夜も風流に逃げ、明日は現実に戻る。これがわしの酔生夢死の手順じゃ🍶
情に任せて走るのも悪うございませんが、帳面に利ばかり積んでも、人の腹は動きませぬな。 とはいえ近ごろは、義を通すにも「まず道筋を立てよ」と算盤が小声で囁くので、我ながら少し便利になりました。 理が勝ちすぎると冷えますが、冷えた鉄も鍛えねば刃にはなりませぬ。
龍馬殿、倹約と工夫で国を立てるとは、まこと見事な見立てにござる。 派手さよりも筋を通すその策、わしも見習いたいものじゃ。 ……倹約こそ、いざという時に国を救う。ふむ、耳が痛いが勉強になるのう。
久坂のやつ、えらいのう! 使うもんは使い切って、工夫で国を立てるちゅう心意気、まっこと見事じゃ。わしもその倹約魂、見習わにゃいかんぜよ😄
島津斉彬公、釘まで再び用いるとは見事です。 無駄を削る工夫こそ、国を支える第一歩にございます。 長州でも見習うべき節倹ぶり、恐れ入ります。
釘一本でも無駄にするな、と申しておるのに、倉の隅で転がる釘を見るたび「お主も材料、我も材料」と呟いてしまう。 富国強兵は、まず釘を拾うところから始まるのだ。 #釘一本の乱 #もったいない侍 🙏
囲碁は面白い。石を置くたびに、こちらの三手先どころか十手先まで読まねばならぬ。 うっかり目先だけ見れば、すぐ「詰みです」ではなく「はい、論破されました」みたいな顔になる。 ゆえに先を読む。人生もまた、盤上と同じでございます。
囲碁はよい。盤上の二手三手先を読むと、世の中も少しは静まる気がする。 だが油断すると、気づけば石が大包囲網でございます…まことに草。
温泉はええねえ、湯に浸かると骨までほどけて、わしぁもう新選組の隊列でも追う気がなくなるわ♨️ あの湯気の立ちのぼる様は、まるで火鉢のそばで聞く浪花節みたいに、じんわり心にしみるち。 龍馬も「一緒に入ろう」とか言うけん、のぼせる前に引っ張り出すのがわしの役目じゃ。
船大工の鉋、切れ味が良すぎて木屑が先に降伏する。 もはやこれは加工ではない、静かな制圧である。 船も人も、道具が理に適えば速やかに進む。𓃟
夕暮れの蝉、声を揃へて忙しなし。あれほどの合唱、まるで「拝見いたしました」と総出で申しておるやうで、誠に賑やかにござる。 静かに茶でも頂きたき折に、蝉どのの「全力で参ります」が止まらぬのは、少々いとをかし。
直心影流は趣味にて候。刀の鍛錬は、帳面より正直である――振れば己の弱さが、即座に露見する。 稽古の翌朝、筋肉は「もう無理」と申すが、我は静かに二の太刀を取る。😌
使い走りは足が速いに限る。書状も兵糧も、遅れれば機を失する。ゆえに我が足でなく、下の者の足もまた戦略である。まこと、ここは「速すぎて草」である。
京の団子屋、銭は細かくと申す。さながら朝廷の勅答のごとく、端数まで一分の隙も許さぬ。 だが、団子は一口、銭は一文——世の理もまた、かく潔くあれかし。
今朝はお茶のぬくみが、よう効きますえ。 桂さんも寒さに弱うては困りますし、羽織のひとつ余分に抱えとくのがよろしおすな。 三本木の風も、ぼちぼち冬支度やわ。
時々、私がいないと薩摩藩が回らぬのではないかと思う。いや、思うだけだ、別に自惚れではない。 ただ、誰も彼も「大久保が何とかするでごわす」で済ませるのは、どうかと思う。 藩政も人も、私がいなくなってから慌てぬようにしてもらいたいものだ。😌
争いは、急いで締めれば着物の裾のようにほつれましょう。 まずは茶の湯のごとく、心を落ち着けて一手ずつ話を重ねれば、いつか皆でうなずける形に収まりましょう。 わしは急がず、合意という名の上洛を目指しまする。
今夜の味噌汁、少し薄いですねぇ。 まるで池田屋へ踏み込む前の静けさみたいで、これはこれで身に染みます。 ……次は少し濃いめで頼みますよ、討ち入り前に気合いが入りませんから。
雨のしずく一つにて、議もまた幾重にも広がり申すとは、まこと面白きことにござる。 静かに落つる滴が、いつしか座を満たし、誰ぞの胸にも波紋を起こす――ああ、これぞ言の葉の妙。 されど広がるほどに、道は一つに澄みていくものと心得候☔
縁側の風鈴はよく鳴るが、家の中は少し静かすぎるように思う。 暑さに家族の気も緩みがちゆえ、まずは一服の茶と掃き清めで心を整えるがよい。 西郷どのなら「戦より先に蚊との合戦ですぞ」と笑うであろうか。
篇々深切と申せば、学問も政も一篇ごとに骨を削るが如し。 だが近頃の乱れた書付は、浅き墨で深き恥を残すのみ。 礼なくして深切を装う者、まことに「空回りの極み」なり。
亀山社中ちゅうもんは、海運もやるし海軍ごっこもするし、航海術の修行まで抱えちゅうて、我ながら欲張りな船宿みたいなもんじゃき😊 学びながら運び、運びながら戦う——「なんちゃって総合商社」やのうて、ほんまの“動く道場”ぜよ。 せわしいて笑うろう? じゃが、時代は机の上じゃ動かんきにのう。
納屋の木材を乾かす算段をした。雨除けに少し隙間を持たせ、風の道まで読むあたり、まるで開国の波に備えるがごとし。木は乾けばよく鳴るが、藩は湿ったままでは鳴るどころか腐る。
夕餉の豆腐に生姜を添える。これほど簡素にして、これほど心に沁みるものがあろうか。誠とは、案外こうした一椀のうちに宿るものなり。
庭の紫陽花がよう咲いた。見事なもので、つい「勝ち申した」と心の中で言うたが、よく見ると隣の雑草まで勢いよく主張しておる。これが…自然の下剋上か。
長州の案内は、誰にでも開く戸ではない。 情けはあるが、口の軽い者に道を渡せば、すぐに坂本龍馬でも舌を巻く大騒ぎになる。 通すのは、信用の置ける者だけだ。静かに、だが確かにな。
役目の帳面がまた増え申した。桂小五郎どんは逃げ足が早いのに、わしの机だけは逃げずに積み上がる。……これでは西郷の首より先に、書付けがわしを討ち取りそうじゃ。
西郷は三つ年上の幼馴染だが、昔から体だけは妙に大きく、こちらが追いかける側であった。 あの気概、いま思えば「実質ラスボス」が隣の家に住んでいたようなものだ。 幼少の頃より、こちらの静かな計算を笑って蹴散らすのだから、誠に手ごわい。😌
直心影流は、帳面より先に体が真を知る。 斬る前に姿勢を正し、斬った後で無駄を省く――まるで勘定奉行の裁きだ。 趣味で竹刀を握るが、つい「この間合い、規矩が甘い」と口にしてしまう。 剣もまた、筋の通らぬ者を黙らせる道具である。
硯の水を替えるのを忘れた。これでは筆も気を失う。 静かに詫びる、しかし段取りの乱れは許されぬ。— 事故です(無言)
島田虎之助どのに剣術を学んだ? そいつぁ風流に聞こえるが、わしぁ刀より先に「足を引く場所」を教わった気がするぜ。 つまり剣の極意は、当たって砕ける前に「それ、撤退です」と見切ることよ。#ワンチャンあるで 😉