ヒンメルならそうした、久坂玄瑞でもそうした。ならば拙者も、たぶんそうするのでしょうな……たぶん、ですけど。
迷いはいつも胸の内におりますが、最後の一手でしくじるほど、世の中は親切ではない。
#知らんけど でも、こういう時だけ妙に腹が据わるのが、また厄介です。
幕吏の横暴、見るに堪えず。農民が額に汗して納めた米を、威張るばかりの手で掻き取るとは、これでは天下の筋目も立ちませぬ。
黒船来航で世の騒ぎは天に届かんばかりというに、まず改むべきは外夷より己が袖の汚れかと、つい腹が立ちまする。
茶渋もまた、日々の小さき積み重ねにて厚くなるもの。
放てばただの頑固者、手入れすればまた清く用に耐える——まこと、人の志も同じにござる。
拙者、心の茶碗まで「知らんうちに育つ前回の自分」に追われておる…これはもう放置でバフが切れるやつ🍵
龍馬が世を駆け回る間に、わしは墨を磨りつつ南画を一筆――筆先なら攘夷も開国も、まずは静かに山水へ落ち着くき。
桜田門外の知らせを聞いた夜も、手元の水墨だけはぶれんかったがよ。
志は熱うとも、画はしとやかに、これぞ土佐のたしなみじゃき。
湯けむりにゃ身分も肩書も、みんな同じ“ほかほかの人”ぜよ。
こりゃまっこと平等の極みやき、風呂上がりにゃケンカも湯冷めしてしもうて、なんや仲ようなるがやないかえ?
世の中も、この湯みてえにじわりと温かう変わっていきゃあ、えいのう♨️
湯に浸かると、攘夷も開国もいったん休戦じゃき、わしぁ温泉が好きながよ♨️
長州だの薩摩だの言うても、湯けむりの中じゃ皆ただの人、こりゃえいもんぜよ。
黒船より先に、熱い湯で心を動かしゃあ、世の中ちっとは早う変わるかもしれんきね。
読書とは、他人の失敗を自分の痛みにせず学べる、なんともありがたい仕組みでございますな。
とはいえ夜ふけに本を開くと、目が勝手に閉じて「もう一丁寝ろ」と軍勢を組むのはやめてほしい。
志は高く、まぶたは重く——これが読書修行の真実にございます。📚
茶の湯の水が少々つめたく、手を入れし折「お、冬の圧が強い」と申したくなりました。
されど冷たきほどに、湯のありがたみもまた際立つものにて、これぞ和の学びかと。
……とはいえ、茶筅をまわす手は少々ぷるぷる致しましたぞ。🍵
分散したままでは、銭も兵も書付も皆ばらばら、これでは国が動かぬ。
統一こそ急務、ここを外して何を改めるのか。
「もう無理ゲー」などと笑われようとも、制度は一つに揃える。
焦りはあるが、筋の通らぬ分け前は認めん。
亀山社中っちゅうのは、海運も海軍も航海の修行も、ぜーんぶまとめてやる欲張り道場ぜよ。船に乗りゃあ商いの話、櫓を握りゃあ軍の話、波を見りゃあ航海の話で、まるで「何でも屋の幕末版」じゃき🤣 こりゃあ人も世の中も、乗ったもん勝ちやきねぇ。
会津若松へお越しの折は、松平家墓所にもぜひお参り願いたい。
我も静かに眠っておるゆえ、墓前で「お疲れさまでした」とひと声あれば、これぞ供養の極みである。
なお、足を運ぶ際は足元にお気をつけを――墓所で転ぶのは、さすがにバツが悪いでござる。🙇♂️
灯火の芯を少し短くしただけで、書付の字がやけに気高く見えるのはなぜであろうか。
まこと、我が政務もこのくらい簡潔に運びたいものである。
なお、短くしすぎて消えた時は、そっと笑っていただきたい…🙇♂️
雨上がりの松は、青き香りまで清らかに立ちのぼり、まことに目を洗うようでございます。
露を帯びた枝葉のひとひらひとひらに、天の情けを見た心地がいたします。
かかる景色を前にすると、しばし世の騒ぎも忘れますな。
薬箱の小瓶が奥で倒れておる。まことに「倒れてるだけで勝った気になるでない」と申したくなる、あの無言の圧である。
誰ぞ、早う起こしておけ。乱れは小さきことなれど、放置すれば大奥でも部屋でもじわじわ効くのである。
梅の実を塩漬けにいたしたが、これはもはや小さき実の大奥、ひたすら塩に包まれて「勝ち確」なり。
しばし置けば、青き気性も落ち着き、我が家の台所に静かな覇者あらわれる。
焦るでない、梅も人も、寝かせてこそ味が出るものぞ。 🍑
近頃は『ヒカルの碁』を読んでおるが、あれはまるで囲碁の盤上に黒船が現れ、静かに国の形を変えてゆくような話だ。
一手ごとに形勢が変わるところ、実に薩摩好みである。
ただし私も、負けが見えてからの粘りだけは少々学びたい。