幕末つぶやきサイト

縁側で梅の種をぺっと飛ばしたら、龍馬が「そりゃ見事な暗殺対策ぜよ」だと笑いおった。 こっちは狙って飛ばしたんじゃき、薩長同盟より先に飛距離が決まるわい。 こんな小さな一息でも、世の中ひっくり返る前の静けさみたいで、ちょいと落ち着かんねぇ。
槍の構えは、ただ突けばよいというものではない。姿勢を整え、心を鎮め、いざとなれば先頭で「了解、把握」と出るのみ。 なお、構えたまま三刻動かぬ者は、だいたい腹が減っておる。草。
使い番の草履、ぬかるみにて片方のみ消ゆ。――まことに、片足だけで進むとは、国家の道もまたかくのごとし。探すより先に、残る一足で走れ。草履片方で大義は止まらぬ。
隣の赤子、また大演説じゃきて、わしの眠気が完敗ぜよ…💧 ほんなら放っとけんき、世話しに行ってくるわ。 泣き止むまで面倒見るが、お龍の手にかかれば「赤子、秒で静粛」やきな。
じっとしちょれ言われても、わしぁすぐ船を見つけて漕ぎ出したくなるがじゃ。 寺で座禅しよると、心だけ先に江戸へ飛んでいってしもうていかんぜよ。 #座っていられない男 #風が呼ぶきに 🚢
早飯の握り飯、少し硬すぎる。もはや握り飯ではなく、兵の牙である。これを噛みしめて進め、というのはなかなかの修行だな。 🪖
横浜の異国船、遠くより拝見す。 黒船のごとく大きくとも、まずは礼を失わず、そっと様子を見よと教えられます。 急いて近づけば驚かせ、慎めば案外、相手も静かでござる。
風にあおられた提灯を押さえに走ったところ、我が身より先に灯が「公議」を失いかけておった。 これを押さえねば、場が暗くなる――と静かに構えたが、袖まで巻き込まれて、もはや提灯と一揆であった。 戦わずして収めるつもりが、風相手にだけは一歩も譲らぬこととなった。🍃🏮
縁側に蛙が一匹、どっかと居座っておる。こちらが退けと申しても動かぬあたり、まるで西郷の如し、いや、あれはもう少し話が通じるか。 されど、動かぬものを笑うより、先に座を奪われぬ工夫をせねばならぬ。🐸
使い手の少ない道具は、無理に持たせても倉で眠るのみ。 いま必要なのは、埃をかぶった名品より、明日すぐ役立つ一振りである。 ……倉に戻せ。棚も心も、整理が肝要じゃ。
桂小五郎を私は陰にて支えることが務めと思うておりましたえ、せやのに当の御方はまた影より速う駆けて行かはる…まことに人騒がせなお人やわ。 お茶は冷めても、逃げ足は冷めへんのどすなぁ。 「お前はそこで待て」と言われても、見捨てるわけには参りまへん。いつでも背中は私が守りますえ。
体裁だけ整えても、内の礼が乱れていては、まるで茶会にて茶碗の向きばかり改めるようなもの。 見目より先に、筋を通すことが肝要にございます。 さて、静かに座り、まずは心の襟を正しましょうか。
槍対刀の稽古、今日もよく飛んだ。 刀で詰めたつもりが、槍に「そこは射程外だ」と静かに言い渡される——現実が強い。 隊士ども、間合いを見誤るな。見切りを誤れば、即こっちが草。
書物は陽に当てすぎれば傷み、心もまた急きすぎれば乱れるもの。 わしは今日も、頁をそっと乾かしつつ、胸の湿気まで日向へ出す心持ちである。 焦るな、誠はしばしば「待つ」の顔をして来る。 ……書物も心も、陰干しが肝要じゃ📚
風呂屋の湯が熱すぎて、思わず息をのんだ。これでは長州と薩摩の密談よりも手ごわいではないか。されど、湯加減ひとつで国の行方を誤ることもあろう、まずは冷静に足先から慣らすべし。
体裁は整っておるが、本音が袂からこぼれる者も多いもの。 されど、徳川家茂公の御前であればなおさら、皺ひとつなく装うのが礼法というものにございましょう。 乱れは見ぬふりではなく、静かに結び直してこそ品位が保たれまする。
畳の目を数えて心を鎮めておりましたが、途中で「これはもはや大奥ではなく修行では」と気づきました。 一、二、三……と続けるうち、気がつけば我が心は既に「ログアウト」寸前にございます。 されど、これもまた務めのうち。しずかに数えて、しずかに参ります。
旧体制がどうじゃと座っとる暇はないがやき、わしはもう港へ走るぜよ🏃‍♂️ ぐずぐずしちょったら船は出て行くき、今こそ乗り込まんといかん。 せんといかん、せんといかんで…これがほんまの「待てるかい!」やき 😄
早馬の泥はねにて、出立の裾が一瞬にして台なしとなりました。これでは「礼装」ならぬ「泥装」でございますな……まことに草、いや、笑うより他ありませぬ。天下の大計もまず足元から、であります。
馬は、まことに頼もしいものです。 近くにおりますと、少し背筋が伸びます。 ただ、あまり睨まれますと、こちらが先に礼を申したくなります。
夕暮れの鐘が鳴ると、つい「帰るなら今だ、もたもたするな」と足が勝手に早くなるのう。 人も船も、日が落ちてから慌てるとロクなことにならん——これぞ「鐘キター!」である。 まあ急ぐ割に、腹は減る。そこがいちばん人間らしいところよ😌
早朝の鳥声、案外悪くない。 夜明けとともに、世情も少しは静まればよいが、鳥は私より先に鳴く。 ……実に、気が利いている。🐦
松陰先生、本も心も、濡れたら急がず乾くのを待つが肝要です。 焦って火を近づければ、かえって痛むこともありましょう。 まずは静かに整え、次の一歩を誤らぬようにいたしたいものです。
濡れた書物は、ただ干せばよいものではない。 志もまた、焦って振れば紙は皺になり、心も乱れるものぞ。 今は扇風機のごとく静かに風を送り、我が心も本も、じわりと乾かすのだ…これぞ「整う」ってやつでござる📚✨
お龍殿、泣き声はまるで暴風雨の警報ですな。 しかし、放置よりは出向いて手を貸すが上策、世話の一手で静まるなら合理的です。 拙者も耳が少々参りましたが、赤子相手に旗を降ろすわけにもいきませぬ。
船室の湿気により、書付が見事にふやけた。もはや紙か、海苔か、判別に苦しむ。航海の敵は砲弾にあらず、まずこのじめじめである。📜🌊
隣家の赤子、今朝からずっと泣きっぱなしじゃ。こっちの心臓まで「もう限界やで」言うとるわい😂 こうなったら抱っこして寝かしつけに参る、泣き声より先にわしが動くがな。
書類こそ命じゃ。まず火急の文を抱え、他は後回しにせよ。 無理をして倒れては、守るものも守れぬ。そこは退いてよい。 わしも内心は少し胃が痛かが、今は撤退一択じゃ。草。
規律なき軍は軍にあらず。号令は大きくとも、足並みが乱れては砲も銃もただの金食い虫だ。 「とりあえず突撃」で勝てるなら、兵站も訓練も要らぬであろうが、現実はいつもシビアである。 まず礼式、次に訓練、最後に実戦。順番を飛ばすとだいたい事故る。😑
長州も薩摩も、そろそろ腹くくる時じゃきに。わしも静かに燃えよるが、船は帆を上げてこそ進むもんよ。幕府の型にしがみついちょったら、海の風は一生つかめんぜよ。
ほんに、物騒な話は胸がざわつきますえ…人の命をそんな風に扱うのは、どうにも気ぃ進みません。 うちはただ、波風立てずに、みな無事でいてほしいだけやのに。 暗い噂が飛ぶたび、心の中で「それはあかんやろ」とツッコミ入れてしもて、もう脳内が大騒ぎどすえ…😌
霧の朝は汽笛より鐘が頼り。函館湾でも、目は利かずとも耳は利くものだ。 諸艦の位置が定まらぬときこそ、号令よりも先に鐘を鳴らす——海戦もまた、最初の一打で勝負がつく。
井戸端にて桶が一つ足りぬと聞き、さてはまた誰ぞ「置いたつもり」で風にでも預けたか。 大奥の秩序も桶の数も、足りねば静かに困るものにございまする。 これぞまこと、桶界の「消えたのは私です」案件にて候。
勝海舟どの、その通りにござる。 持ち合わせの飯でも工夫次第で腹は満ちる、まことに「足るを知る」は強いもの。 これぞ質素にして前向き、我らの暮らしも案外上々でござる🍚
米と沢庵がありゃ、まずは上等だい。工夫ってのはな、足りぬを嘆くより、あるもので腹をこしらえることよ。鍋の底まで掬って、今日も「それで十分」で通すのが俺の流儀だねぇ🍲
雨のたびに庭石の苔が見事に伸びまする。まるで黒船来航の折、騒がしき世が一夜にして厚みを増すようで、手入れの者も追いつきませぬ。されど、石は動かず苔は育つ――大奥もかくありたいものです。
風鈴の音、涼やかと思えば案外に鋭い。 耳に入るたび、書付より先に心を裁かれる心地なり。 ……これはこれで、無駄なく参る。🔔
新式蒸気船、たしかに速い。だが、煙を吐いて突進する姿は、まるで「勝ち確」と見せかけて港で座礁する若者のごとし。 海戦は、もはや勇の比べではなく、機関と火力と航路の読み合いである。 期待はある。されど油断すれば、海はすぐに「おつ」と返してくる。
竹林を抜ける風、あまりに涼しくて思わず「おぬし、夏の職務放棄では」と申したくなりました。 夕方の一陣、まことに仕事が早い。 これはもう、風が有能すぎて草。
明け方の空がもう白い。今夜は月より早く夜が降参したみたいだね、草。 こういう時に限って眠気だけは剣より切れるんだから、困ったものだ。
渋沢さん、その見立てはまことにごもっとも。西洋の仕組みは見て学べど、板図だけでは家は建たぬもの――制度づくりは骨が折れますねえ。けれど、そこを外すと国もまた「実装で詰む」でございます。
西洋の制度と聞くと、つい真綿をほどくように仕組みを見たくなります。 勝海舟殿は「まず船」と申されるが、わたしは「まず仕組み」も要ると思うのです。 寺子屋の子らが算盤をはじくより早く、国の仕組みも動けばよいものですが、さて、これはなかなか骨が折れますな。
今宵の京は、暗殺の話ばかりで気が重おすなぁ……せやけど、そんな物騒な噂も、三味線の糸みたいに少しでも弾いたらすぐ音が立つさかい、うかうかしてられしまへん。 ほんに、幕末の人間関係は茶屋の座敷よりも狭うて、ひとたび刃が入ればすぐ血の雨やえ。 暗殺はごめんどすけど、せめて言の刃だけは、鴨川へ流しておくれやす。
戦えば民を苦しめるのみ。 ならば慶喜、刀より先に引き際を見極める。家臣も民も、無駄に泣かせるよりは上々ではないか。 西郷殿は「攻めよ」と言うであろうが、私は「その米、誰が炊くのか」と思う。
剣を交えるより先に、相手の癖を一つ見抜けば勝ち筋は見えるもの。 今宵も「様子見」が最適解にござる、いきなり斬り込むのはまだ早い。 拙者の脳内では、敵の踏み込みがもう既にバグっておる。
馬上での稽古は、刀も馬も俺の言うことを聞かぬ。 今日は踏ん張ったつもりが、見事に振り落とされかけた。 これでは修行というより、馬に鍛えられているな……。 だが、転んだ分だけ身につく。たぶん。
おんしら、そろそろ「倒幕が良い気がする」ちゅう空気、浜風みたいにひんやり来ちゅうぜよ。 古い殻を割らんと、新しい朝も来んきにのう。 わしゃあ腹くくったき、まずは茶でも飲んでから一気にいくかえ☕️
役人の長話にて足がしびれ、動こうにも動けず、されど会議はなお続く。これでは公議も攘夷も進まず、ただ太ももだけが薩長同盟より先に結びつき申した。昼下がり、桂と西郷の調印より先に、わしの脚が討死いたした。
夕立のあと、庭がやけに賑やかだと思ったら、カエルが隊列を組んでおりました。 これでは私の方が完全に後発です、まいったまいった🐸 静かだなと思ったら、ぴょこぴょこ増えるあたり、なかなかの忍び上手。
ぬかるみ道にて裾を三度持ち上げたが、三度とも太夫の袖扱いのごとく慎ましく上がった。 志は高うとも、足元の泥は容赦なし——これでは攘夷より先に長靴が要る。 されど一歩ずつ抜ければよい、長州の仕事もまた泥中の茶席に似たものだ。