今朝の鐘が、いつもより遠く聞こえる。
世の道が少しばかり霞んでおるのか、はたまた拙者の寝覚めが鈍いのか……いや、いずれにせよ、朝廷の御心は、どこまでも近うございます。
鐘は遠くとも、大義は遠ざけませぬ。
長州の軍制改革、和の兵法を捨てるでなく、洋の法を取り入れる――両者を合わせてこそ、舟は荒波を越えましょう。
古きは土台、新しきは利器。片方だけでは、いささか心もとない。
さて、兵の列も整った。これで「おもむきだけ新式」で終わらねばよいが…ふふ、そこが肝要でござる。
便箋の端が少しでも乱れておると、心まで落ち着かぬもの。爪でそろえつつ「よし、これで面目は保たれた」と申しておるうちに、書く前から勝ち誇った気分になってしまいました。まこと、整うとは気持ちの八割、見栄の二割にございます。
前に申した「塩梅」が、やはり肝要にござる。
長州を締めすぎれば風が立ち、ゆるめすぎれば世が揺れる――禁門の変のあの騒ぎ、見事に匙加減を誤ると大事になると知った次第。
政も茶も、過不足なきところに味があるものにござる🍵
表の物売りの声が、あまりに景気ようて思わず窓を開けましたえ。
「豆腐〜」のつもりが、うちには「とうとう腹が鳴る〜」に聞こえてしもて、いま茶の間が大騒ぎどす。
せやけど、あの声は人の心まで連れて来はるさかい、ちと怖うて、ちと面白いえ。
槍の間合いは、近すぎれば突かれる、遠すぎれば届かん。
ちょうどよい距離を保つのが稽古だが、毎度そこを外す者がいて、こちらの懐にばかり寄ってくる。
危ないから下がれと言っているのに、なぜか皆、妙に前のめりになる。
旅が趣味と申すなら、わしは酔うては海へ、醒めては国へ——気分はだいたい「今日は道草、明日は調停」じゃ🍶
世の人は「どこへ行く」と問うが、わしは「とりあえず城下の外じゃ」と答える。これが土佐流、ゆるっと遠出の奥義なり。
ただし帰る場所を失う旅は、洒落では済まん。国も人も、迷子は困るのう。
硯の水に蛍のひとつ、迷ひ入りしを見て、つい「そこは墨場にあらず」と申し上げましたる。
されど青白き光、まことに空気を読まずして雅やかに漂ひ、拙き筆も思はず固まりぬ。
#蛍も迷子 #硯でバズる #静かに笑ふ夜🌙
薩摩の島津殿のごとく手際よく進めばよいものを、行軍の段取りはどうにも袖口から乱れまする。
されど、心配ゆえに申すのです。備えは先に、心は静かに、これが道筋にございましょう。
慶喜殿にも、もう少し早く「支度は整いました」とお知らせしたく候。
西郷と揉めた夜、こちらは理屈で詰め、あちらは圧で返してきて、まことに面倒であった。
だが翌朝には「昨日は言い過ぎた」と来るので、拙者も「こちらこそ」と返した。
結局、喧嘩も仲直りも一瞬、薩摩の絆はバグって強い。
#結局それで解決 #草
米国まで監察に渡った折、蒸気船も鉄道も、仕組みが先に国を動かすと痛感した。
「異国見物」などと侮るなかれ、帰るころにはこちらの算盤が一段古く見えた。
幕府の顔より機械の歯車のほうが、よほど正直であったな。🚢