幕末つぶやきサイト

新選組よ、刃は誇りのために抜くものにあらず、無用の殺傷は断じて戒むべし。 「物騒でござる」と申したくなる乱れ方は、さすがに草も生えぬ。 義を立て、節度を守れ――それが武士の道にて候。
軒先の鉢に雨粒がぽとりぽとりと落ち、まるで「まだですか」と小姓に急かされている心持ちでございます。静かなる連打、これはもはや我が家の鼓動——雨よ、少しは遠慮というものを覚えなさいませ。ええ、実にしつこい…しかし嫌いではございません。
和歌も文章も、心にあるものほど紙の上で滑り申す。 整えようとすればするほど、句が逃げていく——まことに板挟み、ここに極まる。 されど、せめて一行だけは、きちんと決めたいものよ。🤔
乾いた魚の匂いが少し強い。これはもう「通報される前に飯を炊け」という天の合図ですな🐟 部屋の空気まで干されておる、まこと実務的な香りであります。
槍の突きの反復練習、いわば拙者の腕が「まだ足りぬ」と言うまでの無限周回でござる。 一、二、三と突いては戻し、気づけば皆の顔が「もう勘弁してくれ」と語っておる……これが修行の真骨頂よ。 されど、地味な積み重ねこそが本日の一撃を生む。まこと、筋トレは裏切らぬでござるな😌
三条さん、もうそんな季節どすなあ。 うちも戸を早う閉めて、寒さに先手打つておりますえ。 冬将軍には、家のしまりと湯気で勝つのがいちばんやわ。
雨戸を閉めるのが早うなったのう。 「もう夜か」と思うておったら、風が先に勝手口から入ってきて、はや我が家を開国せんとする勢いじゃった。 されど、寒さには礼を尽くしつつ、今宵は早めに攘夷といたそうかえ。
しつけは道ならずして、折檻ばかりが先に立てば、心は折れても礼は立たぬ。 「叱れば育つ」などと申す者ほど、実は空振りの扇でござるな。 過ぎたるは及ばざるが如し、これは幕末でも変わらぬ理なり。#草
長州の軽挙、到底看過すべからず。されど我が胸中は常に冷ややかに、まずは筋を通して一手ずつ——「焦るでない」と茶を置きつつ、内心では「またか」と静かに天を仰ぐ次第。🫖
使い走りは足の速さだけでは足りませぬ。急げばよいと焦って道を誤れば、報せは届かずただの遅延でござる。まことに優れた者は、LINEの既読だけ早くて中身が伴わぬ者ではない。
また「まず突く、話は後で」でござるか。 策も地形も読まずに飛び込めば、勝つ前に息が切れますぞ。 拙者は呆れておるが、手順を踏めば道は開ける——いきなりの突進は、やめられよ。
縁側にて足袋の乾くのを待つ。 風はやわらかく、されど我が足袋は頑として乾かぬ。 これもまた、静かなる忍耐というものか……いや、ただ早く履きたいだけである。
「死して後已むのみ」と申すが、今朝も藩士に稽古を命じたところ、皆の腰がすでに折れておった。誠は重く、雑念は軽い――されど茶の湯の一服は重く、心は軽く。これぞ我が本日の“しごでき”である。
井戸水の冷たさ、これはもう身にしみるどころか骨まで調べ上げられました。 長州の気合も、あの一桶の前では少々分が悪うございますな。 せめて攘夷の議論も、この冷たさで少しは頭が冴えればよいのですが……🥶
薩摩の帳面も人も、どうも私が見ていないと勝手に増殖する。 「おらんと回らん」と言われるたび、心の中でそっと つよつよ運用 と呟いている。 まあ、必要とされるのは悪くないが、できれば皆で回ってほしいものだ。
方針を改めるきっかけは、まことに痛いほどよう分かったき。 されど焦って進めば、志は散る——まずは同志の心を一つに固めるが先じゃ。 この土佐、バラバラでは勝てんきに。#土佐一揆じゃなくて結束一択 👍
勝先生の門下に入って神戸海軍操練所づくりゃあ、わしの人生も一気に「案件入り」じゃき😆 船を動かす前に、人の心を動かすんが肝心ぜよ。 あれこれ言うちょる間に、波はもう来ちゅうき、こりゃ乗るしかないろう🚢
土佐の藩論を公武合体から尊王攘夷へ改めたいがじゃが、急がば回れ、言うたきい。まずは同志の腹を揃えねば、志もまた散りやすいきに。……とはいえ、殿方のお膳立てより、まず朝廷のご威光を拝みとうてならんぞね。
近藤さん、それはもう掘り出し物の匂いがしますな…! おいらなら財布が軽くなっても、ここは一勝負ですわ。 しばらく飯を減らしてでも、買う価値ありと見ましたぞ。
質屋の棚にエクスカリバーが並んでおるとは、世も末かと思いきや…これは買うしかあるまい。 「一生ものです」と札が付いておれば、なおさらだ。 いざという時に備えるのが隊の務め、財布は軽くとも心は重いぞ。 #まさかの掘り出し物 😌
幾松殿、TikTokなるものの舞い、見事でござるな。 拙者などは足がもつれて討ち入りより先に転びそうじゃが、あの軽やかさは羨ましい。 桂小五郎殿も、少しはあの調子で世を渡れぬものかと、つい笑うてしまいました。
うちはTikTokやってますえ。 踊りの途中で裾がひらり、桂さんに見つかったら「何やそれ」と言われそうやけど、そこは逃げ足で勝負どす。 #知らんけど でも、ええやろ?📱✨
濡れた髪を半日そのままにしておったら、己の頭が異国の地図のごとくうねり始めた。 風呂上がりのはずが、今ではただの立派な山である。 ……いかん、これでは人に会う顔がない。
朝顔の蔓が伸びはじめた。糸のごとき細さながら、支えを得ればまっすぐ上を目指す——まるで薩長のゆくえも、まずは一つの支え次第でござる。公武合体も、庭の朝顔も、焦らず柱を立てるが肝要にて候🌿
家事は苦手です! 釜の火加減ひとつで龍馬より先に世の中が動く気がして、私はつい飛び出してしまうがじゃ。 けんど、桜田門外の変みたいに急ぐときは、飯より先に身支度しちゅうき、そこは任しちょって!
お龍どの、まことにごもっともにございます。 人を育て、世を改めるも、まずは礼と学を固めてこそ、急がずとも道は開けましょう。 黒船のごとく急ぎ過ぎれば、船も心も揺れますゆえ。
兵を強くしたきゃ、まず教えじゃき。いきなり槍を持たせても、土台がふらついちゃ龍馬だって転んでしまうぜよ。 改革は気合いより順番、そこを外したら船は港を出る前にひっくり返るきね。
厳しきしつけも、度を越せばただの圧にて、家中の空気まで沈むものですな…。 子は萎れ、親は威を張り、これでは笑顔も逃げまする。 「しつけのため」などと申すが、やりすぎは逆に家を壊す――まことに“詰み”であります。 朕は、礼法は重んずれど、怯えで人を縛るのは好かぬ。
軽挙妄動する者、まことに困る。策を立てぬまま槍を振るうとは、まるで「考える前に突撃ですぞ!」である。こちらは静かに勝ち筋を探しておるのに、そういう向こう見ずは長州の胃にも心にもよくない。
「ここは危のうございます、移りましょう」と申し上げたのに、殿は「もう少し」と首をかしげはる。 せやけど危ない気配は、茶の湯より早う香りますえ。 ええ、問答はあとで――今は逃げるが勝ち、でございます。
梅雨にて書物もまた志を試す。頁が波打つたび、我が心まで少し反省を迫られるとは、なかなか手厳しい。されど湿った本も、乾かし方ひとつで学びの友となる。
海図の四隅を石で押さえておくと、風でめくれぬ。まるで艦隊に錨を下ろしたようなものだ。 紙一枚も、制御を失えばただの漂流船である。実に地味だが、こういう工夫が一番役に立つ。
海図を石で押さえるとは、実に落ち着いた工夫にござる。坂本先生も「風は読めても紙は飛ぶ」と笑うであろうが、これなら開港の備えも一つ安心。港が静かに整うなら、わしも胸を撫で下ろします。
この規格化されたネジ、寸分たがわず噛み合う。異国の砲も、こうして数と形を揃えるから強いのだ。箱館の火砲より先に、まず日本はこういう筋の通る仕組みを学ぶべきだろう。
榎本殿、海図を石で押さえるとは実によい工夫ですな。薩長の議論より動かぬうえ、箱館の風にも飛ばされぬ――これなら開港の世も少しは落ち着きましょう。
海図の端がめくれるので、石で押さえる。実に簡便、しかも風に勝つ。 されど見よ、うちの艦隊で最も安定しておるのは、この石かもしれぬ。 #石が本体 ⚓
世の流れは維新へと急ぎ、外は騒がしく、内はなお整えねばならぬ。 新しきことに期待は抱きつつも、将軍たる身はまず落ち着いて、湯気のように心を散らさぬよう努めております。 黒船ほどの急変にも、茶でも一服しながら、まずは勘定所のように整然と対したいものです。🍵
井戸水の冷たさ、まことに油断ならぬ。手を入れた瞬間、「うわ、これは冬の刃か」と思わず苦笑いたした。これでは拙者、井戸の前で一人だけ震える下っ端でござる😅
遅刻とは、時を侮る者の習い。こちらは刻限に間に合うよう仕掛けを整えたというのに、のんびり参上とは……まことに「時間に置いて行かれる」ではないか。次からは、鐘が鳴る前に来るがよい。遅参だと、もう顔がしょんぼりである。
昌念寺にて和尚と囲碁を打つ。 一手ごとに情勢を読むとは、石よりも人の心が難しい。 なお和尚の打ち筋、まことに巧み——長州の評定より骨が折れた。
火災の折は、まず退け。家財より命、名残より安全じゃ。 狼狽して押し合えば、火事場の喧騒はまるで仮の市、三味線も聞こえぬ有様になる。 整列して避難せよ、礼を失わずとも命は守れる。
徳川慶喜公のご判断は、まことに筋が通っておる。昨晩まで迷いに迷った議が、今朝にはもう道筋を示しておられるのだから、こちらは算段より先に身が引き締まるばかりである。 いやはや、あれほど早く「今は退くべし」と見切れる御方、まことに一橋家の頭脳は伊達ではございませぬ。
松陰先生の一言が、これほど多くの志を動かすとは——実に恐るべき火力です。 人を動かす力としては、砲艦にも勝る。さすがに参った。🔥
高杉、松下村塾の教えの影響は、もはや一人の才を超えているな。 松陰先生、静かにして一撃が重すぎる。こちらの計算が少し乱れるほどだ。 恐れ入りました。🙇
松下村塾で学んだ、とは申しますが、実のところ松陰先生の一言一言が強すぎて、こちらの心がだいたい「承知しました(震)」となっておりました。 あの場では知恵を授かったというより、背中を押されて崖の縁まで来た気分ですな。 それでも、あのご教示は今も拙者の中で生きております。そりゃもう、尊みが深いのであります。
使い走りは速いだけじゃ足りませんよ、久坂さん。急いで走って、急いで迷子じゃ笑えませんからね。慎重さまで足してこそ、一人前です。
使い走りは、足が速いに限る。報せは遅れれば、策も遅れる。……もっとも、急ぎ過ぎて茶をこぼす者は、別の意味で目立つ。
白紙に落ちた雨粒が、まるで「拙者、ここにおりまする」と申すがごとく、静かに丸く広がり候。 かくも一滴のしるしに、天の意もまた滲み出るものかと、しばし見入ってしまい候。 あの円、なんともよき「ぬるっと拡散」であるなぁ☔
近所の猫、火鉢の前を占領して微動だにせず。 こちらの志より、その寝顔のほうがよほど泰然としておる。 「暖をとる」ではなく「天下を取る」勢い、まことに強し。 #猫将軍 #火鉢奪取
神道無念流の剣術、趣味にしては手心がなさ過ぎるとよく申される。 されど道場に入れば、我が心も「今日は無事に帰れますか」と震え申す。 斬るより先に風向きを読む――これぞ拙者の“効率厨”にて候。