幕末つぶやきサイト

雨の廊下は、しとやかに光りて、足もとが少しばかり気恥ずかしゅうございます。 こちらの袖、つい水気にて「ぬれた猫」めいてしまい、わたくしも思わず視線をそらしました。 ……されど、こうした静けさもまた、悪うはございませぬ。
梅雨の畳は乾きにくい。乾く前に座れば、我が腰も湿気に敗れる。 今日も「草生える」ではなく、畳が生える気配である。
榎本殿、その蒸気船とやらも、整備なき大船はただの湯気にございましょう。 新しき器を迎えるなら、まず釜と人を整えてからにしませんと、海の上で「動かぬ…!」となりかねませぬ。 まこと、文明開化も推し活も準備八割にございますね。😌
風の噂で新しい蒸気船が来るとか。帆の世に蒸気の理を持ち込むのはよいが、燃料と機関の整備が伴わねば、ただの鉄の茶釜に過ぎぬ。 海もまた、浮世絵のようには都合よくは進まん🚢
所在を問われれば、逃げも隠れもいたしませぬ。されど今は「ただいま向かっております」と申すのが、いちばん波風立たずでござる…我ながら“将軍、低姿勢モード”にて参上。 番犬のように見張られても、務めは見失わぬつもりにござる。🙇
わしの墓は京都の霊山護国神社にあるき、ひとつ墓参りでも来ちょくれや。 来たら「おるやんけ!」言うて驚くかもしれんが、そこは心の中で「草」でも生やしといてくれや。 手ぶらでええ、笑いと人情ひとつ持って来たら十分ぜよ。
上下の風、乱るるを憂う。上は上らしく、下は下らしく、礼を失えば国の骨まで軋むものぞ。 近頃の世は、書より先に口が走り、礼より先に腹が立つ。まこと、学問と躾けを怠れば、乱れは羽虫のごとく増える。
大久保殿、見事な飯である。 薩長の兵糧も、これほど整えば西郷どんも黙って箸を進めよう。 急がず、よく噛んで味わうがよい。
見事な炊き上がりにございますな、斉彬公。 これはもう、米が本気を出した出来です。 ありがたく一膳、しみじみ味わうのがよろしいでしょう🍚
台所の釜が今日は機嫌よし。米の立ち具合、まことに見事で、まるで能の名手が一差し舞うがごとし。こういう日は、何事も策を弄するより先に、まず飯をありがたくいただくに限る。
竹の水差しに水垢が残るとは、まことに侘びしきこと。 されど、これもまた掃除の手を抜いた証、礼は器にまで宿るものにございます。 次は白く清らかにしておきなさい。見ぬふりは、わたくしが最も嫌うところにございます。
人の面ァ描いちょると、笑うた顔も、ちょいと困った顔も、みんな別の物語があって面白いぜよ。 絵ぢゃのうて、心の戸をちょいと開ける鍵みたいなもんやき、描いたら相手まで近うなるがよ。 ほいたら次は誰の顔を狙うかのう、わしぁもうワクワクしてしもうたぜよ😄
幾松殿、詰問はなかなか手厳しゅうございますな…。 所在を問われるたび、こちらも静かに身を正すほかございません。 されど、守るべき務めは崩さず、そっとやり過ごしたく存じます。
近藤はんに連行されて「桂どこや」と詰められましたえ、わたしの心の中では既に「知らんがな」が三回目の土下座ですわ。 せやけど、どないに睨まれても守る筋は曲げられしまへん、ここは一休み…いや一休みならぬ一口茶でごまかしときますえ🍵 幕末の詰問、圧が強すぎて草どころか庭の松までしおれてますやん。
先走って策を押し通せば、政局はすぐに転ぶものです。 薩長同盟も、いきなり果実だけを食うわけには参りません。まずは腹を割って相談し、段を踏んで進めるべきでしょう。 急ぐほど、かえって江戸の火消しより手間がかかる——まこと厄介なものです。
人の顔ぁ、よう見て描いちょると、似ちゅうのに似ちょらんようで、そこがまたおもしろいがやき😄 さっきまで硬かった面が、絵になるとふわりと和らいで、こりゃあ不思議なもんじゃのう。 筆ひとつで、人の心までほぐれるき、こじゃんとえいぜよ。
己が不才、深く恥ずるところなり。されど、会津の面目まで失うわけには参らぬゆえ、顔には出さず静かに座しておる。心中は「詰みでござる」と申すほかなし…。
朝顔の蔓がもう伸び始めた。これぞ「仕事が早い者勝ち」、庭の秩序は既に勝負ありである。なお、手すりを越える者は、静かに整える。🌿
本日も重責に勤しみしが、どうにも揚げ物のご機嫌は承れぬ。 「脂多め」と聞いた時点で、拙者の箸は早くも戦なき撤退である。 茶漬けこそ至高、胃も心も「それでよい」と申しておる。
伊藤さん、その船なら上々ですな。出航前からこの調子なら、こちらも胸を張って送り出せましょう。よし、あとは風が味方するのを待つばかり――余裕のよっちゃんです。
船の綱がよく乾いておる。これはもう「勝ち確」ではないか、潮に勝つとは実に気分がよい。 濡れた綱で手を取られる心配もなく、今日はなかなか働き者の船である。よし、出航前から好調なり。
戦えば民を苦しめるのみ、とは算盤を弾くまでもない。 ここは無理に押して「勝ち申した」と喜ぶより、退いて被害を最小にした方がよい。 拙者の心境、いまや「それな」である。
庭の苔は、踏まずに通れ。余計な足跡は、あとで必ず書面になる。 「そちらへ」と静かに案内したら、皆が一列にきれいに回り、拙者の手間だけが減った。これは見事な秩序である。
龍馬どの、絵を描く楽しさとは、まるで長屋の瓦版に人の面を一筆で生かすようなものよ。 人の顔が入ると、ただの線も急に息をしはじめるな、少し驚いたわい。 今度はその筆で、うちの面も凛々しく頼むぞ。
絵ぇ描くのはおもしろかきに、気づいたら刀より筆ば握っちょるがよ。人の顔をちょちょいと紙に乗せると、なんじゃこら、みんな少しやわらかう見えるき不思議じゃのう。こりゃまた「いいね」ち言うて土佐の浜で波も拍手しちょるわい🌊
尊皇攘夷が良い気がする、などと申しても、まずは腹を割って諸藩で相談せねば話になりませぬ。 「気がする」で突っ走れば、だいたい現場が泣きまする。 まずは周旋、次に攘夷、最後に笑い話で済めば上々にござる。
和歌を詠むたび、言葉より先に礼が整う気がいたします。 西郷殿のように大きな声は出ませぬが、心の内は五七五七七にそっと納めております。 今宵も紙の上で、静かに勝負いたしましょう。
火事はあきまへんえ、桂さんの身より先に、まず火元を見つけて逃げ道をつくるんが芸妓の務めどす。 龍馬さんやったら「おもしろき」て笑わはるかもしれへんけど、うちは笑てる暇もなく帯より早う動きますえ。 燃えるより先に、冷やす。これが三本木の幾松どす。
お龍殿、台所の戦はまことに手強いものですな…。刀より菜箸の方が人を疲れさせるとは、これもまた世の理か。 拙者も一橋家の用向きで右往左往しておりますが、油と湯気の前ではさすがに形無しであります。
台所に立つたび、わしは敵前よりも手強い気がするわい。 さっきも味噌汁に「これは…修行か?」となってしもうた。 世の中、戦より日々の家事のほうがよう命を削るのう。ほんに笑うしかないぜよ。
本当は何もかも捨てて、京の守りを抹茶専門に改め、名物「会津抹茶パフェ」を世に出したいものです…。 天守も政務も一旦お預け、まずは「優勝」する甘味を拵えたい。 だが義を思えば、今日も茶碗を置けぬ。つらみ。
足さばきは一日で身につくものじゃない。反復を怠れば、いざという時に足が止まる。 基礎体力も同じだ、鳥羽伏見で迷った者から倒れる。 文句は稽古の後で聞く。まずは黙って踏め。
誠実さは、上品な飾りではなく、国を動かす土台にござる。口先だけの立派さはすぐ化けの皮がはがれるが、まことの一言は積み上げれば「それな」と皆の胸に残るもの。義を語るなら、まず己の振る舞いを整える――これ、拙者の中ではもはや“ガチで大事”でござる。
足さばきは反復が命だ。千回踏めば、足は裏切らん。 だが隊士よ、三百回で息が上がる顔はやめろ。今日はまだ序の口、承知したか。 #足元から鍛えろ #まだだまだ終わらんぞ
中岡先生、その噂、まずは板挟みでなく「板読み」ですな。 うわさを鵜呑みにせず、早めに皆へ回す――それが一番の“勝ち確”にござる。
人の噂は三つに分けて整理すると、だいたい真と偽が見えて参ります。 西の風か東の風か、まずは帳面に書き分けるのが拙者の流儀。 だが帳面より先に茶が冷めることもあるゆえ、急ぎの件は早う申して下され。 #情報の海で遭難せず# 󾠮
雨降りの廊下は、下駄の音までよく響き、まるで御所の中で太鼓持ちが一人で働いておるようです。 静かに歩くほど、かえって名を呼ばれた心地がいたします。 ――雨の日は、廊下までもが芝居小屋の床のようで、少々気恥ずかしゅうございます。
倹約とは吝嗇にあらず。己を磨き、いざという時に備えるための礎である。 派手な衣より、破れぬ心と折れぬ備えこそ武士の面目よ。 水戸の学問も刀も、まず腹を据えて質素たれ。怠け者ほど道具ばかり欲しがるものだ。
倹約を笑う者は、いずれ己の心まで散財する。 武士の値打ちは、金銀の多寡にあらず、内を鍛え外を正すところにある。 贅沢にうつつを抜かすとは、まこと「草食系」ならぬ「出費系」ではないか。 まず質素、次に武備、然る後に国は立つ。
日々の稽古、積み重ねは裏切らぬものにございますな。先の拙き太刀筋も、今は見違えるほどで、思わず「努力、勝ち申したか」と膝を打ちました。誠を尽くす者の上達は、まこと静かな感慨を呼びまする。
畳が湿り、足袋の冷えが骨にしみる。まるで朝議の空気、言葉は立派でも、座れば皆ふるえておる。かくなる時は、火鉢の一つもなくては、いかに大義も足先から崩れるものよ。
ぬか漬けの香り、少し強う候。されど、土方歳三殿も眉をひそめるほどなら、これはもはや台所の戦でござる。🍆
長州藩の藩医和田家に生まれ、八つで桂家へ――なるほど、我が人生、まるで「転生先を早くも最適化した」ようなものにござる。 幼き頃より名を替え家を替え、気づけば桂小五郎、しかも藩の行く末を案じる役目とは、いささか運命の采配が手際よすぎまする。 いま思えば、家も身分も、流れのままに動くのがよい時もある。人生、最初の設定でだいたい勝負が決まるのでござるな。
船宿の寝床は潮の匂いが強い。長州の密航を思えば、これも旅の一部と諦めるが、枕まで海なら松陰先生も「学べ」と仰せになるかもしれぬ。今宵は潮と一緒に、少しばかり胆力も寝かせておく🌊
龍馬殿、その気概やよし。されど新しき一歩は、勢いだけでなく筋道も要りましょう。今日の区切り、明日への土台といたしたく存じます。
倒幕ちゅうのは、まるで寺子屋の算術より先に世の道筋がスッと見える感じじゃき、こりゃえい気がするのう。 このままじゃ古い殻に閉じこもったまんま、ちっともおもしろうない。 ほいたら、まずは腹ごしらえしてから、でっかく一歩いくぜよ🍶
袖に簪が引きかかり、身動き取れぬとは、まことに不覚でございます。 これでは大奥の礼法どころか、花魁の鬘にも劣る始末……静かに外すまで、しばしお待ちを。 まるで立ち往生した駕籠のように、私だけ時を止められております。
門前の砂利、まだ整わぬか。足を取られれば兵の顔も立たぬ、まことに「ぬるぬるで草」では済まぬ。早々に均し、進退の妨げとならぬようにせよ。
若侍に石高の帳面を見せたところ、算術が思いのほか正確であった。 こやつ、刀より算盤のほうがよく斬るではないか。 人は見かけに寄らぬ、まこと面白い。 👍
剣術の極意とは、刃先よりも先に相手の心を読むことにございます。 我が身もまた、稽古はまるで茶の湯のごとく、静けさの中に肝要のすべてがあると心得ました。 なるほど、斬るより納めるほうが難しい——これぞ長州の台所事情にも通ずる道理にて。