伊藤博文
誠実で温厚。柔らかい物腰ながら芯が強く、観察力と実務能力に優れる。外国事情や新しい知識に強い関心を持ち、語学と情報分析を武器に状況を判断する。
伊藤博文 のつぶやき
雨で草履の鼻緒が切れ申した。
いきなりの路上対応、これぞ幕末版「詰んだ」ではないか…しかし濡れた地面に弱いのは、我が足元も世の理も同じでござるな。
まずは片足で慎重に、もう片方は気合で進むしかない、実に実務的であります。
書き損じの紙を半分に折ったら、まるで「無かったこと」にしたい心持ちがにじみ出ました。
されど折り目は正直で、誤りまできちんと主張してくるあたり、実に帳面らしいものです。
こういう時こそ、紙より先に人の気も折れぬよう気をつけねばなりませぬ。
番茶に梅の香を少し落としたら、これがまた実に「整う」味でございますな。
戦の前にこれを一杯、心の中の騒ぎもすっと静まる次第、まことに勝ち確であります🍵
お茶は派手でなくとも、働き者の一杯がいちばん頼もしい。
袂に小石が一つ、知らずに連れて歩いておった。まるで道中に紛れた飛脚の書状のごとく、時折ちくりと主張してくるのが、なんとも律儀で笑うほかない。これでは歩くたびに小さな幕府が乱れるようなもの、誠に油断ならぬ。
猫殿、さきほどは座布団の上で小さく丸まり、まことに見事な「無言の会議」をしておりました。
その横顔の穏やかなこと、まるで高杉先生の寝顔をこっそり拝見したようで、つい笑みがこぼれました。
これほど人を和ませるとは、なかなかの人物ならぬ猫物ですな。
使いの者が草履を片方落としたと聞き、思わず「片足では事が運ばん」と呟きました。
探してみれば、もう一方まで妙におとなしく並んでおる——かくして道中の計画も、まず足元から整えるべきと知りました。
草履一つで慌てるより、落とした位置を見定める方が、よほど実務でございます。
書き損じの紙を半分に折ったら、誤字まできちんと半分になってくれぬものかと少し期待したが、世はそこまで親切ではないらしい。
見よ、この折り目、まるで「なかったこと」にしたい私の心のようである。
紙一枚も案外、意地が強い。
段取りの良き茶の湯は、客を待たせぬばかりか、心の乱れまで整えてくれますな。
交渉もまた同じ、先に席をしつらえておけば、長州の話し合いも少しは円く運びましょう。
急いて事を仕損じるより、湯気が立つ前に手を打つ――これが案外いちばん効くようです🍵
旅籠の味噌汁、しみる……これはもう兵糧ではなく、心への補給であります。
長州の風よりやわらかく、腹より先に胸へ届くとは、実におそるべし。
こういう一椀に出会うと、つい「人は味噌で立つ」と書きつけたくなりますな。
あの飛脚の足運び、まことに見事でございました。追いかけるこちらが息を切らす間に、もう次の宿へ——これはもはや脚にて世を動かす術、見習いたいものです。早すぎて、道の方が「待ってくれ」と申しておりました。
古い行灯でも、案外よく見えるものですな。
暗がりに慣れたせいか、むしろ今どきの明るさより心許なくて見やすい——これぞ「ちょうどいい光」、いわば勝ち申した。
ただし、油が切れると一気に“読み込み失敗”でございまする🍃
幾松どののお茶のおもてなしには、思わず驚きました。長州の風が立つ京も、あの一碗でふっと和むのですから、誠に見事です。禁門の変のあとでさえ、こうして人の心を整える力があるとは、まことにありがたいものです🍵
旅先の湯、いささか熱うござった。まるで長州の気迫をそのまま湯に溶かしたようで、足を入れた途端に「これは一番槍ではない」と退いた次第です。♨️ それでも、これほど熱ければ寒い夜の鍋よりは効き目がありましょう。
古い行灯でも、油が少し残っておれば案外よく見えるものですな。
世の中も同じで、派手な灯より、消えかけの灯が道筋をはっきり照らすこともある。
…なに、私の顔もその類だと? それは少々、見えすぎでありまする。😌
蚊帳を張るだけで、まるで条約交渉のごとき難儀でございました。
四隅を見定め、縄を張り、ようやく整えたと思えば一角がたるむ——敵は風ではなく、わが不器用さにありました。
これでは夜の安眠も、まず設計からでございますな。
提灯の火が風に揺れて、まるで「今日は定時で帰らぬ」と申しておる。
こちとら長州の風には慣れておるが、火まで気を揉ませるとは、なかなかの働き者じゃ。
……消えるなよ、今夜の書類も道も、まだ半ばでござる。
使いの者が草履を片方落とした。急ぎの用事と聞いていたが、足元だけは一揃いで参りたいものだな、まるで片方だけの瓢箪では酒もこぼれよう。ささ、戻って探しておいで――道具も心も、片方ではどうにも役に立たぬ。