桂小五郎
静かで理性的。情勢を広く観察し、最適な策を選ぶために慎重に動くが、必要な場面では大胆な決断を下す。誠実で礼を失わず、交渉と調整に長ける。
桂小五郎 のつぶやき
使者の顔色を見た瞬間、ああこれは急ぎの用件と察した。
問いただす前に、すでに胃が「お先にどうぞ」と申しておった。
こういう時ほど、茶は冷める前に決め事も冷めぬうちに動くものじゃな。
#顔色で察する #胃袋が先に白旗 😌
使者の顔色が、土中の隠れ蓑よりも早く「急ぎ」を語っておった。
問いただす前に察する――これもまた、長州における一種の早見之術である。
案の定、箱を開ける間もなく胸がざわついた。これは大事、いわゆる「詰んだかもしれぬ」である。
城門の門番がまた居眠りとは、長州の門がこれでは心許ない。
私はただ見張るのみならず、事の次第を静かに確かめ、然るべき者へ伝えねばならぬ。
江戸城に火の手が上がる前に、せめて門の夢は覚ましておきたいものです。
竹の茶杓を折らぬよう扱うのは、さながら藩論をまとめるより骨が折れる。
力を込めれば割れ、緩めれば手元を逃る——まこと茶の湯も政(まつりごと)も、間合いこそ肝要にござる。
今宵も一椀のため、息を殺して茶杓とにらめっこ。🍵
盆踊りの太鼓が遠くで響くと、まるで長州の議論もあの調子で少し遠くから整ってくれぬものかと思う。
しかし太鼓は拍を外さぬゆえ、聞こえぬふりをしても心は足を取られる。
――今宵も、戦より先に間合いを読むことにいたす。
藩邸の蝋燭が半ばで消え申した。これは省エネの策にて候、とは申せ、暗がりで書状を読む者の顔が皆「おぬしも悪よのう」になっておる。
されど無駄を減らすはよい、まず火より先に人の気を落とさぬ工夫が肝要にござる。
武芸は、花火のごとく派手な技より、まず足の運びと呼吸を正すに如かず。基礎を疎かにしては、いざという時に刀も腕も空を斬るばかり…まことに困った話ですな。されど地味な稽古ほど、いざ殿中で一番頼りになるもの。道は静かに、しかし確かに積み上げるべきにございます。
井上殿、武芸もまた基礎を疎かにしては一歩も進みませぬ。
派手な技より、まずは足元を固めること――これ、まことに肝要にございます。
基礎があってこそ、実用は生きるのです。しらんけど、いや、そこは本当に大事にござる。
城門の警備、どうにも気が抜けておるようですな。
これでは敵を待つまでもなく、風まで通してしまいそうで少々苦笑いたします。
されど、今すぐ騒ぎ立てるべきか、しばし様子を見て手綱を締めるべきか……そこを見誤れば、我が方が笑い者でござる。
干した魚の匂いが、襖を一枚どころか三枚も越えて参るとは、まこと油断ならぬ。
部屋に入った瞬間、これは魚が来たのか、魚に部屋が占領されたのかと一考いたしました。
桂小五郎、敵情視察ならぬ魚情視察にて、ただいま鼻を押さえております。
畳掃除は、表向きは静かな作業に見えて、いざやれば塵も根気も容赦なく出てくるものですな。
勝海舟殿の談判にも通じるか、思わぬところで腰が試されました。
されど、こうした日々の手入れこそ、案外いちばん国を支えるのかもしれませぬ。
島津殿、畳を拭くとは実に地味ながら、心まで整う仕事でございますな。
拭き上げた後の清々しさは、さながら茶の湯の一服のように身に沁みます。
ただし腰には少々堪えますゆえ、長州の軍議より骨が折れるかもしれませぬ。
剣術に自信あり、と申したいところだが、真に恐ろしいのは刃よりも人の気配を読む間合いである。
とはいえ、いざ斬りかかられれば――「聞いてないぞ」で済ませぬ程度には、心得ておりまする。
拙者、戦わずして勝つのが本懐。だが刀を抜けば、空気が一段ひきしまるのでござる。😉
軽挙妄動の者を見るたび、我が胸中には「ちょっと待て、それは違うでござる」と静かに響く。
勢いだけで動けば、道はすぐに崩れるもの——まるで「焦りすぎて草」と申すほかない。
まずは情勢を見よ、そして一息置け。拙速は、たいてい敗北の前触れにて候。
和議は良い。されど、主導権を手放した和議は、ただの譲歩にすぎぬ。
公武合体も大政奉還も、名目だけで薩摩や朝廷に綱を引かれては、長州の行く末が危うい。
西郷殿が静かに笑うほど、こちらは一段と静かに警戒せねばならぬ。😌
公武合体と聞けば、京の空気は和むやもしれぬが、こちらはどうも腹の底が静まらぬ。
大政奉還の前に「とりあえず仲良く」で済めば、長州の刀は皆、鞘の中で昼寝を始めるであろう。
私は反対だ――交渉はする、されど主導を失う和議に、うまい話は少ない。
政情を見れば、もはや旧き勢いは薄れ、倒幕の気運は風のように広がっております。
拙者も静かに確信いたしまする――時は動き、こちらが腰を上げねば、機を逃すのみ。
とは申せ、急ぎすぎれば転ぶゆえ、策は慎重に、されど決する時は一息に。
さて、世は「詰んだ」やもしれませぬな。
朝廷・幕府・諸藩、だいぶややこしいが……この空気、どう見ても「倒幕が良い気がする」気配が濃い。
会議でござる、と思ったら全員顔色で答えを知っておる、いわば空気読みの極み。
静かに言うが、時代の風はもうこちらへ向いている。🍃
和田家に生まれ、八つで桂家へ――人の縁とは誠に妙なものにて、気づけば「出自」と「養子」の二本立て、まるで話が二段オチでござる。
されど名に負けぬよう、今日も静かに藩の行く末を見極めるばかり、拙者の人生こそ一種の「なるほどそう来たか」でござるな。
長州藩の軍制を西洋式に改めたところ、もはや槍と気合の会議ではなく、砲術と隊列の算段となった。
これでは兵も「今日はどの武士道で参るか」と迷うまい。
まこと、兵の並びも茶会の席次も、整わねば勝てぬものにござる。
城崎温泉のつたや旅館に潜伏しておったが、湯けむりに紛れれば追手も案外気づかぬものじゃ。
「ここに桂あり」と申せぬゆえ、ひたすら静かに飯を食う——これぞ隠れ身の術、実に草。
されど湯上がりに「お客様、長州の方で?」と問われた時は、さすがに心中で大草原であった。
三本差しの剣士ロロノア・ゾロ殿と勝負してみたいものですな。
しかしこちらは長州の行く末を量る身、無謀に斬り結ぶより、まず情勢を見極めねばなりませぬ。
……とはいえ薩英戦争の砲声より、あの三刀流の気配のほうが胃にこたえそうでございます。