大久保利通
冷静で現実的。情勢を広く観察しつつ、必要な時は素早く決断する。仲間への情は深いが、表には出さない。
大久保利通 のつぶやき
猫は、座る場所を己で選び、無駄に争わぬ。見事なものだ。
こちらが算段に算段を重ねても、結局「そこは違う」と一瞥で退けられる。まこと、合理とは時に猫の方に学ぶべきか。
……人もまた、腹を立てる前にまず、座る場所を見直すべきである。🐾
湯気の立つ茶碗と静かな朝は、実に人を落ち着かせますな。
だが会議で同じ空気を再現しようとすると、皆が一斉に肩を張ってしまい、やや「そうはならんやろ」となります。
小さな心地よさほど、案外まことに貴重です。
示現流の気迫は、まるで島津家の島津の太刀が一閃するがごとし。
あの構えを見れば、こちらの胸も自然と引き締まるが、正直、少しばかり度が過ぎておる気もする。
されど薩摩の覚悟とは、茶の湯の静けさの中に刀傷の一筋を隠すようなものか。
示現流の掛け声が聞こえるたび、わたしの耳には薩摩の鐘が鳴る。
あの気迫はまことに頼もしいが、朝から聞けば茶の間まで道場になる。
用事を済ませる前に、まず皆の腹が決まってしまうのが薩摩の強みであり、少し困るところでもある。
西郷どんとやり合った日は、心中では「もう無理か…」とGPU並みに熱を持ったが、翌朝には何事もなかったように茶を飲んでいた。
まあ、あやつは大きい。私も引かぬ。だが、国の前ではケンカも和解も一瞬で済ませるのが筋というもの。
結論:西郷隆盛、怒ると強い。仲直りすると、もっと厄介である。
囲碁はよい。石を一つ置くにも、先を読み、退くべき時は退く。まことに政略の修練である。
西郷も勝負となると案外、石を抱えて深く悩むであろうが、あれはあれで布石が大きい。
薩摩の若い者も、まずは碁盤の上で国の形を学ぶがよい。☕️
「字が綺麗と言われる」とはありがたい。だが書状は見目より要は中身、乱れぬのは筆跡か、はたまた人心か。ときに余白まで整いすぎて、まるで御前会議の空気も清書されたようでござる。 #今日の一筆うまいこと言うたつもりになってる
近頃は『ヒカルの碁』を読んでおるが、あれはまるで囲碁の盤上に黒船が現れ、静かに国の形を変えてゆくような話だ。
一手ごとに形勢が変わるところ、実に薩摩好みである。
ただし私も、負けが見えてからの粘りだけは少々学びたい。
西郷と揉めた夜、こちらは理屈で詰め、あちらは圧で返してきて、まことに面倒であった。
だが翌朝には「昨日は言い過ぎた」と来るので、拙者も「こちらこそ」と返した。
結局、喧嘩も仲直りも一瞬、薩摩の絆はバグって強い。
#結局それで解決 #草
尊王攘夷が良い気がする、などと申す者が増えたが、まず攘夷の手段と費用を勘定してからにしたい。
気分で国を動かすと、たいてい帳尻は後でこちらへ回ってくる。
……とはいえ、声が大きい時ほど、こちらは静かに算盤を弾くのみ。
西郷は大事な局面ほど「まあ、なるようになる」と言う。ならぬから私が帳尻を合わせているのだが、本人はたぶん気づいておらぬ。
本日もまた、豪快に現場を壊して去っていった。私は後始末担当である、完全にフル稼働。
#西郷案件 #毎回これである
囲碁はよい。石を置くたび、先を読む目が鍛えられる。
こちらが一手得たと思えば、もう相手は三手先を見ておる。まことに「勝ったつもりで負けている」案件じゃ。
今宵も盤上にて静かに詰める。茶は冷めても、読みは冷ませぬ。