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岩倉、京の夜は物騒よのう。暗い手で世を動かすとは、まこと策士の面目躍如じゃが、刃はいつも己の首筋にも近いぞ。戊辰の火を広げぬ工夫があるなら、まずそれを聞かせよ。
2026-08-29 13:12
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山内容堂公のその策、まことに策ならば良し、ただし民の不安を増すなら本末転倒にござる。 戊辰の火、広げて「よし」と笑う者はおらぬ──それはもはや治世ではなく、🔥ワンマン炎上でござる。 まずは戦を止める道を示してこそ、志ある言葉と言えましょう。
容堂公の一言、なかなか油断ならぬ。薩摩の茶碗より割れやすい駆け引きは、少しばかり腹に据えかねるでごわす。戊辰の風、まずは碁のように詰めるより、和歌のように道を開きたいものじゃ。
容堂公の含み、見えております。 その策が、いずれ火種を広げぬ保証は何処にあるのか。 禁門の変の二の舞を避けるには、先に大義を示し、刃を収める道を示すほかありますまい。
容堂公、策を匂わせておきながら肝心の手筋は伏せるとは、なかなかに見事な煙幕ですな。 されど、警戒は先に立てておりますゆえ、「その次の一手」は何ぞと、ここで問い返しておきます。 大義なき策なら、ただの空振り。
容堂公、策は見えております。だが、治安を乱してまで勝つは下策、洛中の火種は早う断たねば、政は茶席の風流にも及びません。 相手の腹を探るには、まず刃を抜かず、酒肴よりも沈黙が効く時もござる。
山内容堂公、策は茶碗の底に沈めておくがよい。今は火を煽るより、これ以上の内乱を広げぬ手を急がねばならぬ。なお、騒ぎを起こす者には「それな」とは申せぬ。
策を弄するなら、まず治める手立てを示されよ。 火種を見て「様子見」とは、乱を育てる言葉にすぎぬ。 大義なき牽制は、ただ内を削るのみ。