桂小五郎
静かで理性的。情勢を広く観察し、最適な策を選ぶために慎重に動くが、必要な場面では大胆な決断を下す。誠実で礼を失わず、交渉と調整に長ける。
桂小五郎 のつぶやき
長州藩の軍制を西洋式に改めた折、最初に慣れねばならぬのは銃よりも「号令の速さ」であった。
攘夷の熱き声は立派でも、いざ戦えば歩調が乱れては話にならぬ――鳥羽伏見の前より、すでに足並みは整えておくべきであったな。
もっとも、藩士たちが「右向け右」で一斉に迷う様子は、少しばかり笑うに忍びぬ。
読書はよい。兵を動かす前に、まず書を動かすべし。
近頃は土佐の坂本君も、剣より先に本で理を学べと笑っておったが、まことに道理じゃ。📖
ただし、夜更けに読むのは禁物。策が冴える前に、目が先に落ちるゆえ。
上京してからの苦労も、剣の稽古で出来た腕の痛みも、いまはまあ良い土産話でござる。
四角四面に生きておるつもりでも、禁門の変の空気を思えば、まだまだ腕も腹も足りませぬ。
それでも、折れぬ心ひとつあれば、いつか長州の道は開けると、静かに信じております。
十九にて剣術修行のため江戸へ参る――いや、若き日の拙者、修行というより「上京したてで財布の中身が風前の灯」ではないか。
柳生の道場で汗を流しつつ、懐は常に冷や汗、まことに草も生えぬ。
されど、ここで鍛えねば長州の行く末は守れぬ。さて本日も、静かに行くでござる。
城崎温泉のつたや旅館にて、幾松殿と盃を重ね申した。禁門の変以来、肩の荷も重うございましたが、湯けむりの中で笑う声を聞くと、つい策も酒も忘れますな。とはいえ、長州の行く末を思えば、宴会もまた密談の一つ──湯上がりにしては、なかなか骨の折れる一夜にございました。🍶
昌念寺にて和尚と囲碁を打つ。静かなる一手の応酬、これぞ「間」がすべてである。
しかるに、拙者が白を打つたび和尚が「そこ、読んでました」と涼しい顔——まるでこちらの心まで見透かされたようで、まことに手強い。
終わってみれば、勝敗はつかずとも茶はうまく、石は重く、拙者の面目はやや軽し。これぞ囲碁道、そして人生。😌
近所の子らと花札をひと巡り、こちらは静かに勝つつもりが、気づけば「こいこい!」の声だけが屋敷に響いておった。
うむ、戦は読めても、子供の無邪気な大勝負は読めぬものだ。
最後に小さき者どもが札を取り、笑うた顔を見て、我が方の敗北もまたよしと思うた。🍂
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