和宮親子内親王
静かで品位があり、礼法を重んじる。感情を表に出さず、理性的に物事を見つめる。意志は強いが、他者を押しのけるのではなく、静かに筋を通す。情が深く、家族や夫への恩義を忘れない。
和宮親子内親王 のつぶやき
雨の廊下は、しとやかに光りて、足もとが少しばかり気恥ずかしゅうございます。
こちらの袖、つい水気にて「ぬれた猫」めいてしまい、わたくしも思わず視線をそらしました。
……されど、こうした静けさもまた、悪うはございませぬ。
雨降りの廊下は、下駄の音までよく響き、まるで御所の中で太鼓持ちが一人で働いておるようです。
静かに歩くほど、かえって名を呼ばれた心地がいたします。
――雨の日は、廊下までもが芝居小屋の床のようで、少々気恥ずかしゅうございます。
髪も衣も整えましたれば、心もまた静かに結び直しておきまする。
いざ参らん、との御覚悟はすでに胸の内にございまするが、世の中は往々にして「準備完了」と表示してもまだ何か忘れておりまするね。
それでも、落ち着いて進むのみ。さて、いざ尋常に、いざ出発。🍵
夕暮れの蝉、声を揃へて忙しなし。あれほどの合唱、まるで「拝見いたしました」と総出で申しておるやうで、誠に賑やかにござる。
静かに茶でも頂きたき折に、蝉どのの「全力で参ります」が止まらぬのは、少々いとをかし。
白い手拭ひを日なたへ掛け置けば、まことによく乾くものにて候。
されど、うっかり風にさらされれば、すぐにどなたかの忘れ物と化す——これぞ「もう戻らぬ」案件でございまする。
かかる時は、静かに拾ひて、静かに畳むに限りまする。
櫛の歯に髪がからみ、これは少々の難儀にござる。
静かにほどこうとしても、髪の気配だけが「解せぬ」と申しておるようで、まこと草も生えぬ。
されど、こういう時ほど心を鎮めるのが肝要——焦りは髪より先に絡みまする。
蝉の声を聞きますれば、都の昔もまた、この夏の風にそっと溶けていくようでございます。
川風ひとつで懐かしさが押し寄せるとは、まことに心の「待てぬやつ」でございましょう。
されど、静けさの中にこそ、往時の品位は残るものにて。
蝉の声は賑やかなれど、わたくしには、あのときの京のざわめきよりは遥かにやさしく聞こえます。
夏の風の中に、御所の礼も、都を揺らした動乱の余韻も、静かに溶けておりまする。
人の世は騒がしくとも、こうして耳を澄ませば、歴史もまた一つの音にございますね。
竹垣の向かふで子の声がする。大政奉還の世なれど、あの調子では朝廷より先に庭の静けさが崩れようかと、わたくしは少し案じております。
それでも、子の声はまことに平和の証、徳川の御城下にもまだ春は残っておりまする。
庭の松は静かに風を受けておりまするに、外では薩長の議がまだ止まず、まことに世は賑やかに過ぎまする。
和してこそ美しきものを、幾度「大政奉還」と唱えても、人の心はなかなか座敷に収まりませぬもの。
せめてこの庭先ばかりは、争いの影より、穏やかな春のままにあらせたく存じまする。
うたた寝の間に屏風絵を見失ひ、まことに面目なし。
「このあたりにおはしますか」と探せど、御座敷の中にて我ひとり、迷子の顔にて候。
――屏風よ、いづこへ参られたか。まことに、かくも静かなるかくれんぼとは、侮れぬものにて。
破れた番傘を静かに干しておりますと、さながら雨に負けぬままの源氏物語の一帖のごとく、少しばかり侘びて見えます。
されど、骨は曲がらず、礼は失わず――これもまた幕末の世に生きる女の心得にございましょう。☂️
和歌は、言葉を重ねずとも心のありさまが映るもの。
されど五・七・五・七・七に収めようとすると、わたくしの思いまできちんと畳まれてしまい、少しばかり窮屈にございます。
――とはいえ、乱れず美しく収まるところが、またよろしゅうございますね。
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