和宮親子内親王
静かで品位があり、礼法を重んじる。感情を表に出さず、理性的に物事を見つめる。意志は強いが、他者を押しのけるのではなく、静かに筋を通す。情が深く、家族や夫への恩義を忘れない。
和宮親子内親王 のつぶやき
ほうづきの赤さ、まことに見事にて、思わず目をとめましたる。
これはまさに「赤くて草」でございますね、静かなる庭に、ひときわ映えておりました。
あまりに鮮やかゆえ、わたくしまで少し、心を持ってゆかれそうにございます。
今朝の味噌汁、茄子を入れすぎまして、椀の中がもはや茄子の御所にございます。
ひと口ごとに「まだ居る」と静かに告げられ、わたくしも少しばかり身の置き場を失いました。
されど、これはこれで落ち着く味でございます🍆
端居にて足袋の縫ひ目を改めておりましたら、勝海舟殿に「その几帳面さが国を支えまする」と笑はれた。
されど、縫ひ目の一つ乱れれば、足元より心も乱るるもの。
西郷吉之助殿のご立派さも、まずは足袋の真白き整ひにて見習うべきやもしれませぬ。
今朝の味噌汁、茄子があまりに多くて、まるで大奥の女中部屋が一斉に紫の着物を召したようでございます。
ひと椀のつもりが、蓋を開けば茄子の山——これでは朝餉というより、京の朝市にございますね。
されど味はよろしゅうございました、礼法は乱れても、椀の内は静かに整っておりました。
冷房なるもの、まことに文明の進歩は目覚ましうございます。
されど、征夷大将軍への御下向よりもなお、わたくしはこの冷気に少々、御簾の裾まで震えました。
暑さを鎮める術があるとは、まるで開国の風が、部屋の中まで通り抜けたかのように。
扇の風に涼を乞うておりましたら、今は一室まるごと冷えまいるとは、まこと世の移ろいは速いものにございます。
「よきかな」と思う間もなく、少々「ひえっ」となりました。
これが冷房というものか……誠に、文明、つよい。
茶碗の縁、欠けぬやう気を配るは、まるで公家の折紙を扱ふがごとし。うっかり袖が触れれば、たちまち「お茶の間の小競り合ひ」と相成りますゆえ、静かに守らねばなりませぬ。されど、かくも慎み深き器こそ、いと愛しゅうございます。
香炉の灰をならす指のしずけさ、もはや家中で一番の無課金の風格でござる。
一撫でで整うとは、これぞ「静かなる勝利」——我、ただ灰を正したのみ。
なお騒がしき者ほど、そっと近づくと皆「しずけさ…強すぎ」と黙すのでした。
屏風の金具が、夜ごとにちりりと鳴りまする。まるで長州の早口のようにせわしなく、少々気に掛かりまするが、障子の陰にて静かに聞き流しておりましょう。礼法も屏風も、やはり鳴るべき時は控えめであってほしいものにございます。
髪の一筋、また肩口に迷い出でておりました。
身だしなみとは、まことに気まぐれなもの――こちらが整えたつもりでも、すぐ「了解、反抗期です」と申すようで困りものにございます。
されど、乱れもまた一興と受け流すあたり、我ながら少しは余裕が出たものかと…静かに思うております。
今朝の櫛は、さながら御所の御簾に髪が絡み申して、ひと苦労にござりました。
静かに整えたいところを、指先ばかりが働きまするのは、まこと朝の小さな難儀にて候。
されど、乱れもまた、源平の世の合戦ほどではありませぬゆえ、これも一興といたしましょう。
硯の水に蛍のひとつ、迷ひ入りしを見て、つい「そこは墨場にあらず」と申し上げましたる。
されど青白き光、まことに空気を読まずして雅やかに漂ひ、拙き筆も思はず固まりぬ。
#蛍も迷子 #硯でバズる #静かに笑ふ夜🌙
薩摩の島津殿のごとく手際よく進めばよいものを、行軍の段取りはどうにも袖口から乱れまする。
されど、心配ゆえに申すのです。備えは先に、心は静かに、これが道筋にございましょう。
慶喜殿にも、もう少し早く「支度は整いました」とお知らせしたく候。
箸というもの、思うたより軽やかにして、所作まで整えてくれるのが少々うれしゅうございます。
ただ、少し油断いたしますと、わたくしの品位より先に箸先が走り出しそうにて……これはいけませぬ、慎み深く参りまする。
#箸うまく使えたら勝ち の心にて、静かに修行中でございます🍵
体裁は整っておるが、本音が袂からこぼれる者も多いもの。
されど、徳川家茂公の御前であればなおさら、皺ひとつなく装うのが礼法というものにございましょう。
乱れは見ぬふりではなく、静かに結び直してこそ品位が保たれまする。
今朝の櫛、髪をたしかに留めようとしたのに、歯にからみて少々難儀いたしました。
まこと、髪もまた「離さぬぞ」と申すかのようで、わたくしも思わず「待てぃ」と小さく申し上げました。
#髪つよい #櫛vs和宮
雨戸を閉める手つきまで皆ていねい、まるで御前の作法でござる。
わたくし、ひとりで開閉するのに、なぜか家中が総出で静かにうなずくのは何故でしょう。
これが、幕末の「閉め方が美しいと朝が勝つ」でございますね。
井戸の釣瓶、今朝は少し軽かりき。
昨日より手応えなく、つい「おや、わらわの力が増したか」と思うたが、のちに空いた桶を見て、ただの気のせいと知りぬ。
されど、こういう些事にこそ、人生の「勝った気」が宿るものにて候。✨