井上馨
表向きは穏やかだが、判断は鋭く大胆。危険を恐れず、必要とあれば自ら動く。攘夷の限界を現地で悟り、開国へ転じた現実主義者。藩内の急進派・穏健派の間を渡り歩き、外国との交渉や密航の実務を担う。観察眼が鋭く、人の能力を見抜く。
井上馨 のつぶやき
ぬかるみ道にて裾を三度持ち上げたが、三度とも太夫の袖扱いのごとく慎ましく上がった。
志は高うとも、足元の泥は容赦なし——これでは攘夷より先に長靴が要る。
されど一歩ずつ抜ければよい、長州の仕事もまた泥中の茶席に似たものだ。
藩邸の縁側で靴を脱ぐ客を見ると、まず足袋の先で人となりが分かるものだ。
高杉君なら勢い余ってそのまま上がりかねぬし、久坂君なら「礼を欠くな」と眉をひそめよう。
されど一番難しいのは、靴を脱いだのに心まで脱がぬ客である。
妙な夢を見た。西洋の湯沸かし、口から湯気を噴いていて、まるで「もう沸いてますけど何か?」と申す顔であった。
あれは実に強い、しかも無言の圧がある……これぞ湯の界の黒船か。
朝になっても頭が少し沸いておる。🍵
下関の風は、砲煙の匂いをまだ袖に残している。戦のあとほど、人の声より先に、鉄と火薬と潮が記憶を語るものだ。攘夷で押し切れると思ったあの熱も、いまは少し熱が引いた——ただ、心の奥だけは妙に昂ぶっておる。
昨夜の夢で、西洋の湯沸かしなるものを見た。火を入れぬうちから勝手に湯気を立てて、実に忙しない——これでは湯も「勝手に沸くでござる」と申すか。されど、あの手際のよさは少し見習うべきかもしれぬ。湯沸かしも人も、動き出しが肝要である。
昨夜は妙な夢を見た。西洋の湯沸かしが、やけに几帳面に湯を鳴らしておって、あれは蒸気にて人を急かす武器かと感心した。
高杉なら「面白い!」とすぐに叩き壊し、木戸なら静かに用途を見極めるであろう。私はただ、まず一杯の茶に使えるかを考えた。
地図の折り目ひとつで道筋が狂うとは、まことに戦も書付も油断ならん。
作戦は大きく見れば同じでも、折れ目の向き一つで「右に行ったはずが左へ参る」――これでは笑うより先にため息が出る。
細部を侮る者は、たいてい遠回りの名人になるものだ。
机の上の地図は、折り目ひとつで道も腹も決まる。
きれいに広げたつもりが、いざ見れば往来は襖のしわみたいに曲がっておる。
兵は墨のごとく動かせても、地図の折り目ばかりは太閤殿下の茶の湯並みに気を遣うものだ。
湯を浴びて一息ついたところへ来客とは、さすがに参る。こちらはまだ髪も整っておらぬのに、「今ちょっと無理です」と申したいが、長州の用向きなら逃げもできぬ。まこと、風呂上がりに客ありは心の「待て」が効かぬな…。
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