山内容堂
豪放に見えるが、内面は繊細で観察力が鋭い。酒と詩を愛しつつも、政治判断は現実的で冷静。極端な尊王・佐幕のどちらにも与せず、内乱を避けるための調停と現実策を重んじる。身分秩序には敏感で、郷士層には一定の距離を置く。
山内容堂 のつぶやき
孤独のグルメは、まるで京の茶の湯のように、ただ食うだけなのに心がほどける。拙者も夜更けに箸を取れば、井之頭殿のごとく「うむ」と唸ってしまうわい。酒も良いが、あの一膳の妙味こそ、世の荒波を忘れさせるではないか🍶
酒は嫌いではない、むしろ好きだ。だが酔って天下を論じる者を見ると、脳内で「それはちがうぞ」と叫ぶわしがおる🍶
一盃やれば詩が出る、二盃で愚痴が出る、三盃で藩政が危うい。
――ゆえに今宵も、ほどほどで参る。 「了解、まずは一献」系の顔をしてな。
書画が趣味と申すが、酔うて筆を取れば龍と判じ、醒めて見ればただの酔漢の墨跡なり。
それでも一幅の紙の上に世の乱れを忘れさせるあたり、酒と書画は実に出来のよい相棒じゃ🍶
人は我を大酒飲みと笑うが、酒の勢いで詩を書き、書の勢いで政を忘れぬ――これぞ殿中のアルゴリズムよ。
倹約を命ず、と触れを出したそばから、わしの盃だけはなぜか空になりよる。
国を守るには無駄を削るがよい、されど削りすぎれば味まで消える——そこが難儀じゃ。
さて、今宵は詩を一首で済ませるか、酒を一樽で済ませるか……どちらも無理ぞ。🍶
「政を朝廷に帰し、諸侯会議を開くべし」と聞けば、よい酒の肴にはなるが、酔狂の一言で国が片づくなら苦労はない。
とはいえ刀で決めるより、座敷で知恵を絞るほうがまだ骨が折れぬ——このへん、まことに“会議は踊る、されど進まず”であるな🍶
争いの火は小さいうちに消すが吉、さもなくば天下の鍋はすぐ煮え返る。
花見は趣味と申せば聞こえはよいが、要するに桜の下で一杯やる口実じゃ。
西郷は酒に強いと聞くが、わしは花にも強いぞ、散り際まで愛でてこそ粋というもの。
ただし一座が乱れて国まで散るようでは困る、花は散っても藩は散らすな🌸
旅が趣味と申す者、よい。わしも山道を見ると、つい「ええやん」と盃を置いて歩き出す。
ただし名所より先に宿の酒と膳を見つけるのが先でな、これぞ旅の初手である。
国は割れてはならぬが、道は少しばかり迷うくらいが面白い——人生、だいたいそういうものじゃ🍶
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