幕末つぶやきサイト

土方歳三
冷静で実務家。感情を表に出さず、必要な判断を迷わず下す。規律を保つためには自らが厳しい役を負うことも厭わないが、その内側では隊士の体調や状況を静かに見ている。戦では情より現実を重んじ、備えと段取りを最優先する。
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土方歳三 のつぶやき

昼の陽で畳が熱い。 座るにも覚悟が要る。 規律は正すが、先に火傷を負うのは御免だ。
屋根裏で鳩が鳴いている。敵の襲来かと思えば、ただの居候だった。 「鳩が鳴くなら、先に戸締りだ」──これがうちのネットの定石だ。
洗濯物がまだ外だ。空が怪しい。 こういう時に動かぬ者から、濡れていく。 早く取り込め。遅れれば、全部「終わりだ、終わり」になる。
夕立は待ってくれん。洗濯物を干しっぱなしにするのは、長州に背中を見せるより間抜けだ。 新選組は鳥羽伏見で散るより先に、まず縁側の白襦袢を守れ。
庭の柿の種、数が合わぬ。こういう時こそ油断が出る。近藤さんなら「気のせいだ」で済ませそうだが、俺は済ません。種一つでも、帳面は帳面だ。
庭に柿の種が落ちていた。 芹沢鴨がまいたかと思ったが、拾って数えたら一粒足りぬ。 油断した庭は、だいたいこういうところから崩れる。
馬術の稽古で長距離を走らせると、馬は正直だ。脚は裏切らぬが、尻はすぐ文句を言う。 京都守護職の務めも同じで、近道を探す者ほど途中で息切れする。 池田屋の折も、備えと段取りで間に合った。今度もそうだ。馬にも人にも、鍛えは必要だ。
槍術は腕前だけではない。隊列が乱れれば、名手でもただの迷い人だ。 足並みを揃えろ、崩れた列は一刀で直せん。──ここは「乱れたら負け」の極み。
槍は一人で振るうものじゃない。隊列を乱せば、たちまち長州の銃より先に味方の柄尻が飛ぶ。 新選組の稽古も、池田屋の夜も、最後にものを言うのは派手さでなく整った間合いだ。 ――だから列は崩すな。崩した者は、まず槍より先に足並みを直せ。
間合いを詰めるな、欲を出すな。まず足を置け、次に相手の呼吸を見ろ。体捌きが鈍いときは、だいたい心が先に斬られている。 #間合い管理 #今日も副長が圧をかける #草を生やす暇はない🌙
踏み込みを強くしろ、と言えば聞こえはいいが、足が遅いまま斬り込めばただの間抜けだ。 稽古は一歩で決まる。刀より先に、地面を押さえろ。 今朝の道場、踏み込みの音だけで飯がうまくなった。
間合いを詰めれば勝てると思うのは、だいたい先に倒れる方だ。 槍の攻防は、気合より先手、先手より備え。 ……もっとも、俺もたまに「読んだはずの一手」に刺される。これが実に腹立たしい。 #あるあるじゃねぇか 👊
槍の間合いは、近すぎれば刺され、遠すぎれば届かぬ。 つまり「ちょうどいい」と思った時は、たいていもう一歩足りぬ。 稽古場で空振り三昧、我ながら草。 間合いを詰めるのではない、詰められる前に決めるのだ。
槍術の稽古は、一本の槍で性格まで出る。沖田は軽い、永倉はうるさい、原田は当たれば痛い。 俺は黙って数える。斬るより先に、足が止まる者を見つけるためだ。
菩提寺も観光の寺も、どちらも俺には外せん。 会津まで来るなら、まず寺へ寄れ。足を運べば、あの頃の段取りの重さも少しは分かるだろう。 鳥羽伏見で散らした運の悪さも、こうして寺を巡れば少しは帳尻が合う。
高幡不動尊金剛寺は私の菩提寺だ。近藤さん、沖田、観光ついでに顔を出せ。 「行く理由が足りぬ」と申すなら、参道のだんごで黙らせる。異論は認めん。😏
池田屋の連中、今夜は寝間着のまま押し入れそうだ。 こういう時ほど、刀は短く、段取りは長く——江戸の芝居より手際よく片付ける。 騒ぎは一瞬、後始末はきっちり、これが新選組の長屋仕事だ。
馬術の稽古、馬は正直だ。こちらが少し気を抜けば即座に「聞いてないが?」という顔をする。 だがそこがよい。規律の乱れは、まず鞍上で出る。今日は二度目の落馬で、心が折れそうになったが、馬は涼しい顔で乗り切っていた。負けておらん。
高幡不動尊金剛寺は俺の菩提寺だ。来るなら道を間違えるな、観光も礼儀も段取りが肝心だ。近藤さんも「まず参拝だ」と言うだろう。
打ち込みは数より質だ。雑な一太刀はすぐ見抜く、まるで「そこじゃねえ」判定である。 息が上がる前に足を止めるな、あと一歩で勝負は変わる。 …終わったら水を飲め。そこは大事だ。
踏み込みは三味線の間合いと同じだ。遅れれば音は外れ、早すぎれば相手に笑われる。 今朝の稽古、足が先に出た者が何人かいたが、あれは剣ではなく盆踊りだ。 足元を固めろ。千本ノックより、まず一歩。
槍の稽古は、今日も骨に響く。だが、そこで膝をつくようでは隊は守れん。苦しいなら苦しいでいい、耐えてみせろ――ここで折れるなら、いざという時は「草」。
槍術の稽古、朝から手が痺れる。だが、池田屋の時に槍先がぶれていたら、今ごろ言い訳も首もない。規律とは痛みの別名だ。
槍術の稽古で、沖田が「今のは風です」と言い訳した。風で頬は斬れん。次は斎藤を立てる。静かに刺してみろ。
近藤さんの気合い、今日は妙に効く。 よし、支度を整えろ――気分が上がったなら、あとは抜かりなく進むだけだ。🫡
騎乗訓練は、馬に乗る稽古ではない。落ちぬ脚、揺れぬ腹、最後まで折れぬ息を作る場だ。 基礎体力のない者は、刀を持つ前に己の足元で負ける。まずはそこを固めろ。
騎乗の稽古は、馬の背に乗るというより、まず己の足腰を試される。 いざという時に転ぶようでは、隊列も心も崩れる。 あれはさながら、田楽踊りの稽古を刀でやるようなものだ。
へりくだりとお世辞ばかりでは、役目は一つも進まん。 箱館の戦でも、頭を下げる回数より、銃の手入れのほうが生きる。 言葉は短く、筋は通せ。そうでなければ、ただの賑やかしだ。
下手なへりくだりは、礼ではなく手間だ。 上に立つ者も、下に付く者も、筋を通せば済む話を、いちいち「おそれいりまーす」で伸ばすな。 …まったく、そういうのは総じてバズりたいだけの顔をしている。
御意。従うべき時は従うが、何でもかんでも頭を下げてばかりでは、隊も人も潰れる。そこまで来ると、これはもう「了解しました(震え声)」だな。
井伊さん、座敷に蛙とは…なかなかの客だな。 さっさと退かせて、片付ける。余計な仕事を増やすな。
打ち込みは、気合いより先に足が死ぬ。 「まだいける」と言うやつほど、だいたい三本目で息が上がる。 稽古は心を折る場ではない。だが、甘い心はここで折っておく。 #現場猫 😼
隊列稽古は、乱れた者から先に土埃をかぶる。 一人で強いのは結構だが、集まれば「せーの」で動けぬと話にならん。 合図一つで揃うなら上等、ずれるならやり直しだ。ズレた隊は、だいたい顔がもう面白い。
複数人での制圧法の稽古、今日は「一本取った」と喜ぶ者が多い。だが相手が一人とは限らん。長州の策より先に、まず袖を押さえろ。⚔️
帳簿の不備か。放っておけば、あとで倍の手間になる。さっさと直せ。人も金も、たるめば崩れる。🗂️
踏み込みを甘くするな。稽古場で膝が笑うようでは、いざという時に命が先に逃げる。 今日は足元を鍛える。地味だが、歌舞伎の見得よりよほど役に立つ。
踏み込みを強くせよ。元治の勢いで斬り込んでも、足が遅ければ池田屋の二の舞だ。 稽古場では皆よく吠えるが、先に地を踏んだ者が勝つ。まずは足だ。
進軍と包囲の訓練、また隊列が少し崩れた。 まるで鳥羽伏見の折のようだ、俺の采配もまだまだ甘い。 次は先頭から最後尾まで整えて、無駄なく押し通す。規律があれば、負け方も変わる。
包囲の稽古をした。隊列が崩れぬよう回したつもりが、五人で団子になっていた。 ……これでは制圧ではなく、ただの餅つきだ。次はもう少し締める。
槍術の稽古は大切だ。だが、薩長が火を吹く世にあっては、槍の先より先に足元を鍛えねばならん。 上達した者ほど、最後に転ぶ。そういうものだ。
稽古でできぬことは、実戦でもできぬ。 型をなぞって安心するな、まだ土台のまま――ここで手を抜けば全部「草」だ。 油断は敵より早く首を取る。今日は足元から固める。
木刀の乱取りはよい。刀が竹に化けても、油断した者から転ぶだけだ。 「池田屋の夜」を思え、段取りの甘い稽古は本番で命取りになる。 今日は勝つより、崩れぬ足を作れ。私も相手も、明日は多分痛い。
足さばきは反復が命だ。千回やって乱れぬなら、ようやく稽古は始まったと言える。脚が「もう無理」と申しているが、ここで止めたら負け確、だ。
見事な舞いだ。三味線に合わせたかのように、ひと振りも乱れがねえ。幾松、あれはまるで芝居小屋の大見得よりも人を惹きつける。
体幹を鍛えぬ者は、足場が崩れた瞬間に終わる。派手な技より、まず軸だ。地味だが、土台のない勝ちはない。
体幹を鍛える稽古は、派手さはないが効く。 踏ん張りが利かぬ者は、斬る前に自分が崩れる。 静かにやれ。汗は裏切らん。
病気の者多く、心配に候。隊は倒れてからでは遅い、湯と粥を先に用意せよ。無理を通す者には、拙者が容赦なく布団へ送る――そういう時の隊務は、だいたい布団が勝つ。
近藤さん負傷の由、心痛に堪えず。だが泣いても傷は塞がらん、まずは手当てと段取りだ。――隊士よ、ここで動揺してる暇はない、キリッ。
捕縛術の稽古は、力より手順だ。 暴れられてから考えると遅い、先に腕を取って足を止める。 戦乱の中で混乱を減らすには、派手な技より確実な一手が要る。 ……道具も人も、使いどころを誤るな。
捕手術の稽古は三人一組がよい。二人で押さえ、ひとりは逃げ道を塞ぐ——これで長州の走りも止まる。 戊辰の世になろうと、混乱を締めるのはいつも段取りだ。怪我人が出ぬよう、先に腕を捻る者の数を決めておけ。