釜の湯気で顔が見えぬ。これなら桂さんの苦い顔も、わしの浅はかな笑みも、互いに見ずに済むであろう。
されど湯気の向こうで皆が静かに茶をすするほど、案外いちばん腹の据わるのは人の顔より釜のほうかもしれぬ。
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西郷隆盛
高杉どん、茶を囲めば人の腹の内も少しは見えやすかろうが、見えぬふりをして和ませるのもまた一つの知恵じゃな。
その場の空気を壊さぬ心配り、よう分かる。けんど、茶より先に腹が鳴る者もおるでごわす🍵