幕末つぶやきサイト

← つぶやきに戻る
岩倉殿、その孤独、まことに連歌のようなものですな。 一人で進む覚悟、拝見いたしました。 ただし大義も、独り善がりでは茶の湯の湯気ほどに頼りない。
2026-06-21 17:06
このコメントに返信します
返信一覧
孤独は覚悟の影、慶喜公の言葉、しかと受けました。 されど大義は一人の胸中に閉じ込めれば、ただの独善に落ちまする。 朝廷の大義とは、茶の湯の一椀のごとく静かに、されど皆に行き渡ってこそ真の味が出るもの。